常識(コモンセンス)はコモンなセンス

文化とは常識のことである、なんて定義を以前紹介しましたけど、常識って何でしょうか。

常識、英語で言えばコモンセンスです。

コモンというのは共通の、という意味です。計算機のプログラムをフォートランで書く人って、最近では少なくなってしまったかもしれませんが、フォートランには COMMON って予約語があるんですね。これ、変数を宣言する時に前に書いておくと、グローバル領域に変数が取られます。つまり、そこに置いた変数は、異なる関数の中でも、参照し、値を書き換えることができるのです。

センスは、感覚、知覚、思慮分別なんて意味です。センスが良い人とか、ナンセンスな話だとか言いますよね。

すると、コモンセンスは、共通の感覚って意味ですね。誰に共通かと言えば、人々の集団、つまり、ある社会に属する人達が共通に持っている感覚、分別ってわけです。

常識の常は、常にって意味だし(この場合、何に常にかというと、人が異なっても常にという意味ですね)、識は知ること、つまり、感覚・知覚・知識・思慮・分別ですから、コモンセンスと同じですね。

ま、辞書的には、常識には「一般人が」という限定があるんですが、「専門家の間では常識になっている」なんて言い方もありますので、「一般人」を条件としてはまずいでしょう。「その社会(人間の集団)の成員全てが」位の限定としておくのがよいでしょう。

さて、人間の集団(社会)を一つの情報処理装置と考えるとき、その機能は大脳やAI(人工知能)の働きと非常に良く似ています。つまり、社会は思考するんですね。そのとき、その社会における常識は、社会の持つ知識、ということになるでしょう。その知識は、単なる、記憶された情報だけではなく、ある局面においてどういう行動をとるかという挙動のパターンや生活様式、より感性に近い、価値基準、美の意識なども含まれています。これらを我々は文化と呼ぶわけです。

文化というのは、思考する装置である社会が、どのように学習したかという、その結果であるともいえます。