英米のイラク侵攻、まとめ

LYCOS ダイアリーの今月のテーマ、イラク侵攻ということで、これまでに書いた話をまとめてみましょう。

まず、私のスタンスですが、単純に戦争に反対するのではない、ということを最初に書いておきます。

戦争は殺人行為であって悪である、ということは、正しいのですが、フセインの人殺しを止めさせるためである、と言われれば、上の主張は意味を失います。英米軍の行為は、凶悪犯に対する警察の役割だというのが、ブッシュらの主張ですからね。

法的に、英米軍の侵攻は正しくない、という主張もあります。その根底にある考え方は、国家は主権を認められるべきであるとする考え方ですね。しかし、私は、国家に全幅の正当性を認める考え方には疑問を持っています。

何が正しくて、何が正しくないかということは、個人個人が勝手に考えることは簡単なんですが、社会の(普遍的)合意として決めるのは大変に困難なことです。しかし、現在のところ、正しさを決める手続きは、国家単位では、整備されているんですね。民主主義国家では、議会による法の制定という形をとります。独裁国家でも、これに類似する合意形成の手続きを持っています。

しかし、今日の世界は、それぞれの国の中だけでは解決できない問題を数多く抱えています。環境や地球温暖化の問題、人口・食料問題、資源、エネルギーの問題などなど。難民の問題や、テロの問題もそういう類の問題です。これを解決するためには、国を超えた、世界で一つの普遍的な合意形成の手段を持たなくてはいけない。

ブッシュは、自由と民主主義という「普遍的価値」をイラクにも実現するために侵攻するんだといっています。この発言、身勝手な言葉のようにも聞こえますが、そこで語られた目的自体は、まことに正当です。各国で自由と民主主義が保障されないと、世界で一つの合意も意味を失います。独裁国家の元首同士が話し合って決めたルールが普遍性を持つなんておかしいでしょう。

まあ、ブッシュの言葉に違和感があるのは、米国の独裁を世界において実現しようとしているところで、全体と部分の整合性が取れていないんですね。つまり、国内の民主主義を守るためといいながら、国際間の話し合いは拒否しているのは、変ですよ。

で、どうすべきかといえば、自由と民主主義という、最低限のルールを各国が守るべきものとして提示する、これを守る国内法を整備し、それを守る国家(普遍国家)に対し、国際的な発言権を認める、たとえば、国連の理事国にするんですね。もう一つには、大量破壊兵器の保持を、普遍国家のみに、期限を定めて認める。これは、少なくともブッシュの言う、「普遍的価値の実現」に、完全にマッチするはずですね。日本にとっても、このようなやり方なら、悪い話じゃないでしょう。

さて、現在の戦争に関しては、いまさら止めさせたところで、害が多すぎると思います。戦争に反対する時期は過ぎてしまったと思うのです。今できることは、この戦争が、被害を最小限に抑えて、なるべく早期に終わることです。その後のイラクの状況にも目を光らせて、米国に石油を取るなどの不正行為をさせないことです。戦争が再び起きないようにするためには、上に述べたような、新たな秩序を、国際的合意の下に作り上げることが大事なことなのでしょう。