ネットの喧嘩、元はといえば、大いなる勘違いじゃあ?

私がよく利用しているトムスのボードで喧嘩が始まりました。きっかけは些細なことで、「あほ」と言った人に、「お前のほうがあほ」とフォローしたことなんですね。まあ、ばかばかしいこと限りないのですが、当事者にとっては深刻な問題なんだろうし、つまらないメッセージを読まされる我々にとっても、困った問題ではあります。

しかし、この喧嘩の背景には、大いなる勘違いがあるとしか思えません。

電子掲示板のような、電子的コミュニケーションの問題として、伝達される情報が制限されている、という点が指摘されています。対面して会話する場合はもちろん、電話であっても、相手の感情がフィードバックされるため、相手を怒らさないことが可能だけど、電子的コミュニケーションでは、深刻な感情的対立に陥りやすい、と言われています。

しかし、書かれた言葉、よく読めば、その表現力は絶大なんですね。言語によるメッセージから読み取れるのは、書かれた言葉の意味そのものだけでなく、書き手の感情、意識、知性、人格まで読み取れてしまいます。

このことから、ネットの喧嘩の、ちょっと面白い、アイロニカルな効果が生まれるんですね。

「Xのあほ」というメッセージをA氏が書いたとすると、これを読んだ人は、X氏があほであるという情報を真実であるとして受け入れるのでしょうか?

大抵の読者にとって、X氏があほであろうと、すごい奴であろうと、どうでも良いことだけど、ボードにくだらない情報が溢れることは、迷惑だと思うはずです。そうなると、「こんなつまらないメッセージを書くA氏は、とんでもない奴だ」と考えるのが普通でしょう。多くの読者は、書かれた内容そのものは無視して、書き手の知性や人格を読み取ってしまうのですね。

だから、「あほ」と名指しされたX氏は、何も反応する必要はありません。このメッセージが雄弁に物語るのは、あほと名指しされたX氏があほであるということではなく、そんなくだらないメッセージを発信したA氏が、知性に劣る、人格的問題を抱えた人物であるということなんです。しかし、往々にして、言われた人が反応してしまう。「お前のほうがあほじゃん」とかね。で、喧嘩になってしまう。まったく、あほが多くて困りますね。

そもそも、特に投資関係のボードを読んでいる人たちは、書かれた言葉の意味そのものを受け入れる前に、そのメッセージの信頼性を読み取っているはずです。この手のボードには、「この株は暴落間違いなし」とか、「○○を買うと儲かるよ」なんて記事が溢れていますが、そんなメッセージは、大抵は根拠のないもので、うかつに信じると大損します。

大抵の人は、そんなこと、常識として理解しているんですけど、「あほ」の一言で、常識も知性も、すっ飛んでしまうんですねえ。ネットの世界には、まだまだ、不思議な現象が満ち溢れていると言うしかありません。