「意識する機械」総集編、みたいなものを、、、

意識する機械に関しては、この日記を最初から読めばお分かりいただける、なんて書きましたけど、私の考えを、ここで整理しておきましょう。

なお、この問題を含めて、この日記の前半で扱っているテーマは「レイヤ7」なるSF小説にまとめております。ご興味のある方はぜひお読みください。おもしろかったら、投票ボタンも、、、

さて、総集編(?)、ですけど、、、まず、今日の自然科学が教える所では、人の意識(感情や精神的な働きも含めて)は、ヒトの脳にあるニューラルネットワーク(網状に繋がりあった神経細胞)の中を電気的なパルスが行き来することによって生じているものであって、魂などの、超自然的存在は、ないものとされています。

一方で、自然科学の教える所では、漫画は紙の上のインクのしみにすぎず、漫画をいくら科学的に研究した所で、漫画で表現された物語は出てきません。漫画の価値は、紙やインクにあるのではなく、そこに表現された、キャラや物語にあるのにね。しかもそのキャラや物語は、紙やインクを超越した存在です。アニメにだってなりますからね。

これって、まるで魂ですね。肉体(紙の上のインク)は滅びても、心(キャラクタや物語は)アニメなんかで復活する、ってのは、、、

そういう基本認識の上に、物語の部分について考えていこうというのが、このページの趣旨なんですけど、いいや、魂は実在する、なんてことを言われてしまうと、この話の根底が崩れてしまいます。そこで、意識する機械の実現可能性を明らかにして、ヒトの精神活動の価値は、物語の部分にあることを納得していただきたいと考えているわけです。

ヒトの脳には140億個の神経細胞(ニューロン)があり、それぞれのニューロンは8000の、他のニューロンとの接続部を持ちます。この数字、おおよその数字で、ニューロンの数も、年を取るごとに減って、老人では50億個程度とも言われています。また、ヒトのニューロンは1/10も使われていないと言われています。それやこれやで、8千の接続部を持つ、10億のニューロンを人工的に作り出せば、意識を持つ機械が人工的に作り出せるのではなかろうか、と考えているのです。