普遍性、って? メジャーを目指すということだね。

「普遍性」という言葉、「どこでも通用する」ぐらいの意味で、感覚的には「メジャー」に近い言葉です。

突き詰めて言えば、全宇宙で通じるぐらいの意味がありまして、それこそ、ニュートンの万有引力ぐらいに、全宇宙に影響を及ぼしているようなものに当てはまるんですが、普通に言う「メジャー」、そこまでは要求しませんよねえ。

ちょっと寄り道なんですけど、普遍という言葉について、もう少し議論しましょう。

「普遍者」といえば例えば神様のこと。広辞苑で「普遍論争」を引くと、
  普遍者の存在の仕方についての中世スコラ学の論争。
  普遍は個物に先立って実在するという実在論(実念論)と、
  普遍は個物の後に人間がつくった名前にすぎないとする
  唯名論とが対立したが、
  普遍は個物に形相として内在するという
  緩和実在論が多勢を占めた。
なんてことが書いてあります。

まあ、神の存在、物理的に存在するという立場と、人間が考え出したものに過ぎないという立場が対立し、「個物に形相として内在する」なんていうと難しいんですけど、「インクのしみ(個物)の形から読み取られる物語(形相)として存在する、ってことなんですねえ。

「形相」という言葉も難しい言葉で、哲学論争のキーワードです。アリストテレスは、家ができる原因の一つに、大工の頭の中の設計図を上げ、これを形相因と呼んでいます。その他に、材料があり、建築という行動があり、住むという目的がなくちゃ、家はできないんですが、ま、そんなことはどうでも良くて、「形相」ってのは、設計図、ソフトウエア、というか漫画の物語ですね。

などなど、「インクのしみ理論」は古来の哲学者にもご支持をいただけそうですね。

さて、フッサールも「普遍」という言葉を使ってますね。「生活世界の普遍的構造」ってね。この普遍も、誰にでも通じる、どこでも通じるという意味で、家庭内とか、小さな仲間内だけで通じる話は、学問で扱うことはちょっと難しい。だけど、生活世界にも、その社会を超えて、どこでも通じる話がありますよね。おいしい料理の作り方、嫁舅の対立、裏技、病気、などなど、、、こういうものは、家庭を超えて議論することもできるし、それが有意義でもあります。なんか、インターネットのボードで扱いそうな話でもありますね。

う~ん、また長くなってしまった。話も発散してしまうし、、、続きはまた、ということにしましょう。