アイデンティティとパーソナリティ

アイデンティティについて、いろいろ書いてきましたけど、今回は、この言葉について、考えてみましょう。

それから、アイデンティティとよく似た言葉にパーソナリティという言葉があります。この違いも、ちょっと面白いんですよ。

まず、広辞苑には、アイデンティティの意味として、「ある人の一貫性が時間的・空間的に成り立ち、それが他者や共同体からも認められていること。自己の存在証明。自己同一性」と書いてあります。

わかります? すっきりと書いてしまっているけど、つまるところ、自分が確かにいると、それを他人もわかっている、ということですね。

ちょっと問題なのは、空間的な一貫性、どこにいっても同じ自分、という意味だと思いますが、これ、変化があっても悪くない。と、いうより、違っているのが普通だと思いますよ。学校では、ぜんぜんがり勉じゃない、って雰囲気だけど、実は、家でがりがりやる、なんてのもありますからね。その反対も、ありますねえ。相手次第で変化する自分、なんてのも、、、

特に、ネットでは、普段と違う自分であっても悪くない。だから、時間的一貫性だけの定義にしておかないと、ネットの上でアイデンティティを確立することが難しくなります。ネットでのアイデンティティ、日常生活とは別個の自分がそこにいても、そのハンドルと発言内容が同じなら、ネットの世界で、一貫性を認められますからね。

さて、もう一つの言葉、パーソナリティのほうも、広辞苑を引くと、「個人の統一的・持続的な特性の総体」なんて書いてある。なんか、アイデンティティと同じような書き方ですねえ。

で、以下は私の考えです。正しい保証はないけれど、多分、こんな使い分けをされているのでしょう。

まず、アイデンティティは、他者との違いに重点があります。アイデンティファイ、って識別する、なんて意味ですからね。アイデンティティは、他の人の視点からその人の違いをみつけることが出発点なのですが、ゴールは、他者とは違う自分自身の価値を認識する、というところにあります。

一方のパーソナリティ、これ、「ペルソナ」という言葉が語源だといわれます。ペルソナとは、どこかの民族劇で登場人物がつける「仮面」のこと、この民族劇において、登場人物の性質・役割は、着けた仮面で識別されるのですね。だから、パーソナリティというのは、その人の性質や役割であって、特に、社会なり、他人なりが、その人の役割・性質を知るということに重点があり、
他者との違い、というような、総合的な判断ではなく、その人の役割や性質という、人の部分的な特性に注目するという違いもあるのですね。

都市と村落的共同体という、対照的な社会のありかたを、この日記にも、何度か書きました。パーソナリティアイデンティティ、この二つの社会に結びつけると面白い。アイデンティティは村落的共同体の中で形成されやすく、都市の中では失いやすい、一方パーソナリティは、都市的人間関係の中で強く意識されるもの、なんですねえ。

開かれた社会の中で、人々は、自分の一部の機能でのみ、他者と関わり、統一された一個の人間として他者と関わることは難しくなります。この一部の機能が、即ち、その人の社会における役割(パーソナリティ)で、都市的人間関係(抽象社会)において、パーソナリティが認められることはあるけれど、そのような社会関係だけでは、アイデンティティの獲得は困難だ、といえるのでしょう。

今回は、ちょっと、説教臭くなっちゃったけど、ま、いいか、、、