地底の惨劇、後半改訂版

これ、前作の「第一報は」以降に差し替えてお読みください。


デイトレーダのタケシはネットのニュースを見て眉をひそめる。「東海道新幹線、東京名古屋間の運転を休止」と、そこにはある。タケシは、明日名古屋で開催される株主総会に出席するため、のぞみのグリーン車を手配済みだ。

「まさかね」タケシは呟く。これがもしテロなら、株は暴落、タケシは大損害だ。「しかし、、、」そう考えたタケシは、先物プットの買い注文を入れ、荷造りを始める。

地下鉄を降りて東京駅丸の内地下改札口を通ったタケシは、いつもと違う雰囲気に気づく。

駅の構内放送は、のぞみ42号とのぞみ109号が、丹那トンネル内で立ち往生しており、現在係員が現地に向かっている旨を伝えている。回復の見込みは当分ないとも言う。タケシは、今日の名古屋行きをあっさりあきらめ、緑の窓口の長蛇の列に並ぶ。幸い、明日早朝ののぞみはまだ空席がある。タケシは急遽予約した帝国ホテルに向かう。

証券会社に接続したノートパソコンの画面は、既にJR東海の株が下がり始めている。丹那トンネルの中で新幹線が立ち往生となれば、JR東海には良いニュースではない。東京駅の駅員の殺気立った表情を思い出したタケシは、JR東海の空売りを入れる。

やがて、付けっ放しにしていたテレビが臨時ニュースを始める。

「乗員乗客およそ2500人を乗せた東海道新幹線が丹那トンネル内で連絡を絶ち、救援に向かった隊員にガス中毒によると思われる犠牲が出たとのことです。気象庁の地震計は、丹那トンネル中央部を震源とする振動を観測しており、関係者は、重大な事故が発生した可能性が高いと見て、対応を急いでます」

この時点で、政府はテロの可能性を考え、緊急対策本部を設置、自衛隊の出動を命令する。しかし、丹那トンネル深部の出来事、情報は遅々として入ってこない。午後の東京市場は、売り一色、トレーダーは、早々とテロと判断したようだ。

テレビの画面は、丹那トンネルの出口の映像を延々と伝えている。トンネルの排気ガスに一酸化炭素が検出され、犠牲者の安否が気遣われるとの報告が入る。スタジオの専門家は、これが軍用のTNT火薬によるものである可能性を指摘する。民報は、トンネル出口付近の住民にインタビューし、爆発音を聞いたとの証言を引き出す。どうやら新幹線は、爆破されたらしいという見方が急浮上し、午後1時45分、通信社は東京発のニュースをいっせいに配信する。

「東海道新幹線にテロ攻撃。乗員乗客2,500人が犠牲に?」

小泉総理はインタビューに答えて言う。

「テロと決まったわけではありません。脱線、衝突による火災という可能性もあります。

今、自衛隊も出し、関係者一丸となって、対処に当たっております。しばし、お待ち頂きたい」

タケシは先ほどから目を血走らせてパソコンのキーを叩いている。東京市場の株価は大幅に下落しており、タケシの指値では、持ち株は売れない。既に空売り規制が掛かっており、終了時間が早まるのでは、との噂が流れている。結局、取引は最後まで行われたが、平均株価が大台を割り込むという惨憺たる結果、タケシは、プットオプションとJR東海の空売りで、かなりの利益を得ているものの、売りそこなった持ち株は、軒並み評価損を抱えている。

タケシは考える。「新幹線の運休が長引けば、JR東海は大きな損失だろう、しかし、他の株はどうだろうか。人材を失ったところも多いだろうが、それでも、2500人、比率からすれば大したことはない。この下落、買いのチャンスだな」

夕刻、アルカイダの犯行声明が出る。真偽は不明ながら、テロとの見方が支配的になる。

「政府にも責任があると認識すべきです。イラク派兵の不明朗ないきさつも、国内のテロ対策も含め、これから徹底的に議論すべきです」と民主党菅代表。

公明党も「イラク撤退を含めて議論されることになるだろう」との見解を発表する。

官房長官も談話を発表する。「今は被害にあわれた方の救出が第一、そして、情報を把握することです。早まった議論をすべき時ではありません。国民の皆様にも落ち着いた行動をお願いします」

しかしこの先、政治的にも混乱が続くことは、避けられそうにない。

翌日、タケシは名古屋での株主総会出席をあきらめ、家路につく。昨夜のロンドン、ニューヨーク市場も大きな下げを記録した。唯一の良いニュースは円も下げたこと。しかし、これを喜ぶべきか、判断に迷うところだ。

タケシがチェックアウトしたとき、ホテルのカウンターは騒然としていた。旅行を早々に切り上げる観光客でカウンターは大混雑しており、宿泊をキャンセルする電話が続々と入っていたようでもある。日本への旅行は危険であり、控えるようにとの通達を各国政府が流したともいう。

「こりゃちょっと、ひどいことになりそうだな」タケシはそう呟いて日比谷駅へと向かう。日本への観光客の激減くらい、なんと言うことはない。少なくともタケシの主力、ハイテク株には。しかし、海外との商談にも支障を来たす。SARSによる中国の停滞が日本でも起こるはずだ。

数日後、現場にたどり着いたTVクルーが送り届けた映像はひどいものだった。新幹線の先頭部は、原型を留めていない、スクラップの鉄塊と化して、トンネル内に貼り付いている。既に運び出された車体後部は、かろうじて、列車の形がわかるものの、ばらばらの残骸であり、いたるところに犠牲者の血がこびりついている。生存者は見当たらない。そして、トンネルのコンクリート壁は、車両が激しく衝突したためか、大きく削られている。既にTNT火薬の痕跡も発見され、これが、何者かによる意図的な犯罪であることは疑いもない。

ブッシュ大統領から送られた心温まるメッセージも、この期に及んでは、何の役にも立たない。