社会も考える。常識はヒトの意識と似たものなんですね

ヒトの脳、百億前後の脳細胞(ニューロン)がありまして、互いにシナプスという結合部で他のニューロンとネットワークを形成してます。で、ヒトの精神活動という奴は、ニューラルネットワーク中の、実に複雑なインパルスの流れが作り出しているものなのですね。

これがヒトの意識、認識、の正体。この他に超自然的な要因、何もない。

一方の社会、50億ほどのヒトがおりまして、互いにコミュニケーションしている、その結果、さまざまな社会的合意ができ、学問の成果が共有されてます。これ、規模といい、やっていることといい、ヒトのニューラルネットと似てますね。

で、これをえいやっ、と重ねて考えてみる。ふむ、これは面白いですね。

ヒトの意識、何かに集中することがある。社会の話題、何かに集中します。車が燃える、メーカーは? 三菱か! そりゃ、ニュースにしなくちゃ、ってな具合ですかね。ま、これは半分冗談だけど、注目の話題、あるんですね。

ヒトは、不思議なことに出会うと、なんだろう、なぜだろうと考える。社会も不思議な現象に出会うと、議論が沸騰します。特に学問の世界でそうですね。

で、ヒトは、ナ~ルホド、などといって納得するのですが、社会も、定説、なんてモノが出来上がり、ま、こりゃ、そういうものだよ、なんて知った風な言葉が吐けるようになるわけです。

ヒトの精神活動と社会の知的活動、よく似ているでしょう。更にこの二つの考える装置、相互に依存しているのですね。

社会を飛び交うメッセージ、誰か、ヒトが生み出してます。つまり精神活動の産物。一方で、ヒトの精神的発達、つまりはニューラルネットの形成に、社会関係が欠かせない。発達のある段階でヒトとの接触が十分でないと、その人の精神、うまく発達しないのですね。

ヒトのココロは社会とのふれあいで形成され、社会という知的存在は、ヒトの精神活動で維持されているのですね。

さて、対立する文化、という概念をこの枠組みに持ってきましょう。ふむ、コレ、ひょっとすると二重人格、精神分裂、じゃないですか。こりゃまずい、コレ、ヒトで言えば、立派な(?!)病気なんですね。

社会に文化的対立がある状況、アタリマエ、といえるほどよくある話、でもこれは、実はマズイ状況なのですね。この病的状況を改善する方法、それは第一にコミュニケーション、もう一つは、多様性の尊重、目玉焼きにソースを掛けたって良いじゃないですか。ま、それを認めるということ。逆に、そんなことで大騒ぎする奴は、イナカモノ、なんですよ。

日本の文化、何でも受け入れちゃう、節操のない文化、でも、裏を返せば、多様性を受け入れる、実に未来的、人類の明日を作る、みたいな、なんともすばらしい文化なんですね。これは、9条下の自衛隊と同様、日本の誇るべき美点、守るべきアイデンティティだと思うのですね。

ありゃりゃ??? 話がまた変な方向に発散してしまった。この話題に関しては、また次回、もう少し掘り下げてみましょう。