東山魁夷の波の絵、これはすごい

この連休を利用して、上野の国立博物館を訪ね、唐招提寺展を見てきました。

展示の表題は、「国宝鑑真和上像と盧舎那仏」となっておりまして、確かに、盧舎那仏や鑑真和上像の周りは黒山の人だかりだったのですが、私が感心したのは「昭和55年に東山魁夷によって完成された全68面に及ぶ障壁画」。

この、山の木立にかかる霧雨の絵は、随分と以前に他の展示会で見たことがあるのですが、襖に描かれた波の絵や、その裏側の水墨画は、今回、始めて見ました。水墨画は、中国風の池の絵、これは、鑑真和上像を取り巻く側に描かれてまして、波の絵はその裏側、入り口側に描かれているわけですね。

この波の絵、数枚の襖に続けて描かれたもので、ほとんど青一色、右端から右上の部分に大きな波、白い波頭が描かれてまして、中央部は波打ち渦巻く海面が、そして左の方には波に洗われる岩があります。通路を挟んだ左にも同様の絵が続いてまして、一番左には砂浜が描かれているのですね。

波の絵がここに描かれる理由は、鑑真和上、何度も海を越えるのに失敗したから、まあ、そんな鑑真和上の苦労多い人生を描いたものという意味があるのでしょう。

もちろんこの絵、鑑真和上が何度も挑戦し、ついには乗り越えた日中間の荒海、手ごわい障壁を描いたものであることは間違いない。

でも私には、東山魁夷、激しいエネルギーを持って浜に打ち寄せる波に、鑑真和上の心を表現した、そんな感じがしてならないのですね。

つまり、右側から上に広がる大きな波が、日本渡航を決意した鑑真の心、そして岩を洗い渦巻き、最後には日本の砂浜へと吸い込まれていく、そんな鑑真の人生がこの絵には表現されているのだと思いますよ。

たかが一個人のエネルギーを大海の波のエネルギーと比較するなんておこがましい、と思われるかもしれませんけど、結局鑑真和上の情熱、逆巻く波に打ち勝って、最後には日本に来ることができた。その壮絶な勝負を表現した絵じゃなかろうかと、、、

一つ残念なのは、砂浜の部分、本来は、部屋の角で波の絵につながっていたもの、つまり、左に打ち寄せる波を、こちらに突き出た浜が受け止める、そんな立体的な絵だったものを、通路を隔てて一直線に展示してしまった。この絵の心、少し、失われてしまいました。会場の都合があったのでしょうが、、、

もう一つ感心したのは、海面の表現。濃淡の異なる青や灰色のいくつかの色の部分に塗り分けています。

個々の部分がグラデーションを持たない色彩表現、王朝絵巻から浮世絵に至る日本の伝統的な色彩表現で、アニメの表現にも通じるのですね。

西洋流の表現は、光の変化を連続的に変化させる、より現実に近いやり方。でもこれをやると、色の交じり合う、汚い部分ができてしまうのですね。

で、印象派が目指したものは、交じり合わない色、原色の絵の具をドット状に塗る。でも、日本流の色彩表現なら、そんな面倒なことは最初から不要です。部分部分を、美しい色で、均一に塗ればよいだけの話なのですね。ジャポニズムを取り入れた印象派も、肝心な部分を見落としていたのかもしれない、、、

ま、いずれにせよこの絵、数百年の後には、残ってさえいれば国宝になりそう、そんな印象さえも受けるようなすばらしい絵だったのですね。良い一日でした。