「ネットはテレビをどう呑みこむのか」を読む

本日は、本年6月26日に出ました歌田明弘著「ネットはテレビをどう呑みこむのか?」を読んでみたいと思います。

1. 同書の背景

あ、この本、歌田氏のブログ『地球村の事件簿』を編集してまとめたもの、とのことですから、本など買いたくないとお考えの方も、ブログを読んでいただけばほとんどの内容を知ることができるでしょう。

と、いうわけで、同書の内容につきましては改めてご紹介する必要もなさそうですので、私の感想なり、意見なりに絞って、今回は書くことといたしましょう。

まず、歌田氏、「コラムニスト」と称するだけに、小ネタの羅列が多いような印象を受けます。もちろん、それぞれは貴重な情報なのですが、辞典を読んでいるような、まとまりのつかない読後感を覚えるのですね。

もちろん、テレビとネットの関係は現在進行中の事件であり、後世の歴史家ならともかく、リアルタイムでの解説に、まとまったものを期待するのが間違い、ということは事実でしょう。

しかし、そういう時であるからこそ、一歩退いて、全体を概観し、事件の核心を掘り下げる、ということも大事なのではないか、と思うのですね。

と、いうわけで、以下、同書に不足していると思われる点を、少しだけ補っておきましょう。

2. インターネットはなぜ爆発的に普及したか

まず、「ネット」と最近では呼ばれております「インターネット」が、なぜこれほどまでの爆発的普及に至ったのか、というその背景なのですが、基本は「インターネットプロトコル(以下IPと記述)」というディスラプティブ・イノベーション(破壊的技術革新)にあった、と私は考えております。

IPの何が凄いかといいますと、まず第一に何でも載せられるコミュニケーションチャンネルであり、文字情報はもちろんのこと、電話のような音声(IP電話は一般的ですね)やテレビのような動画像まで、速度が要求されるものから遅くても良いものまで、大抵の情報は伝達できるシステムである、という点があげられます。

第二に、基本的にローコストである、ということ。これは、パケットスイッチング(パケット交換)というIPのメカニズムによるものでして、従来のコミュニケーション手段は、電話(回線交換)なら話しているあいだ、一対の銅線を占用しているのに対し、パケット交換の場合は、多くのユーザが送るパケットをまとめて相手に送る「ストア・アンド・フォワード」方式を採用しているためです。

これにより、通信回線の使用効率が格段に高まり、その結果、通信コストも安価になる、というわけです。これは、銅線であります電話回線はもとより、光ファイバーでも、電波でも、IP化することで、高い自由度と効率的な利用が可能となる、ということなのですね。

IPには、これ以外にもさまざまな特徴があるのですが、この二つだけでも現状を説明するに充分でしょう。安くて何にでも使えるコミュニケーション技術が登場すれば、これまでの高価で特定の目的にしか使えないコミュニケーションチャンネルが、存亡の危機を迎えるのは当然です。これがすなわちIPが破壊的技術革新と呼ばれる由縁です。

3. 盛衰する技術

便利な技術が登場したなら、それを使えば良い、というのが普通の考えでしょう。IPが登場した以上、社会の通信インフラを全てIPを通すように造れば良いわけですね。少なくとも、新たに構築する通信インフラはそうすべきであったのでしょう。

これはあたりまえの話であって、フラッシュメモリーはフロッピーディスクを駆逐しましたし、CDが登場したら昔のレコードは姿を消しましたし、フィルムを用いる8mmカメラはヴィデオカメラにとって代わられました。

こんなことは、最近になって始まったことでもなく、トランジスタは真空管を駆逐しましたし、更に古いところでは、市電の登場が車引きを廃業に追い込み、これに抵抗して結成された車引きの団体「車会党」は後の社会党の一部となり、今日の社民党として現在につながっているのですね。

テレビの場合も、それでは困る、という人達がおり、しかもその人達が、昔の車夫とは異なりまして、通信インフラのあり方を決める政策決定に、大きな影響力を持っていたところから、話がややこしくなります。

4. 抵抗勢力

まずは、放送局が抵抗勢力の代表でして、限られた電波という資源の割り当てを受けた放送局は、競合が排除できる構造となっておりました。これは、企業経営という見地からは願ってもない状況です。また、許認可権を持つ政治家、官僚にとっても、このような世界は美味しい世界でして、天下り云々の下世話な利益以上に、マスコミという、世論に働きかける機能を持った組織に対して影響力を持つという意味は非常に大きなものがありました。

これは、放送には電波が必要であり、電波は限られたチャンネルしかなく、これを政府が割り当てる、という構造があって初めて可能でして、ネットで勝手に放送できるということになりますと、放送局は常に新参者との競争にさらされることになりますし、政府がこれをコントロールすることもできなくなります。

何でも載せられ、多数のユーザの情報をまとめて送ることでコストを低下させるIPの技術的特長は、古いコミュニケーションチャンネルが持っておりました、単一ユーザによる単一目的の為の専用チャンネルである、という特徴と180度異なるものであり、最初からIP技術は、限られた企業による独占とは相容れない、という技術的特徴があったのですね。

5. 地上波デジタルという愚

既得権益の上にあぐらをかいていた人々にとりましては、さあ困った、というのが本音でして、IP化の流れに抗すべく、放送局も官僚もスクラムを組んで抵抗している、というのが実情です。

しかし、非効率的な専用チャンネルと効率の良いIPとでは、所詮、勝負にはなりません。

無理を通して構築を開始した地上波デジタルは、難視聴地域をなくすことが難しく、光ファイバーとの併用を余儀なくされました。しかし、光ファイバで放送を送ることができるなら、最初から地上波デジタルの放送網は必要なかったのですね。

地上波デジタルのために費やされた巨額の経費を考えるとき、いかに膨大な無駄遣いを日本人はしたものか、との思いに駆られます。電波を送り出す放送設備も無駄なら、一般の人々が買いそろえているテレビ受像機の電波を受ける部分も、実は無駄、というわけです。これらの無駄に使われた資金を、たとえば光ファイバ通信網の整備に使えば、どれほどすばらしい通信環境がわが国に整備されたことでしょうか。

6. ネット時代の放送局

さて、ネットの世界では、ユーチューブという放送局モドキが誕生して急拡大しているのですが、これまでのところではユーザからの投稿が中心で運用されており、いわゆる放送局とは趣をことにいたします。また、現段階では、ネット経由で送られる動画像は、画質もさほど良くなく、テレビ放送には負けている、というのが実情です。

でも、この事情は急速に改善される方向であり、いずれはネットでも電波と同様、あるいはそれ以上の画質で動画像が鑑賞できるようになるでしょう。で、そんな段階では、ネット専業の放送局が一般的になる可能性はきわめて高いものと思われます。

なにぶん、ネットで送るなら、放送設備は不要で、たいした経費もかけずに放送局を立ち上げることができます。もちろん許認可も不要で、CM入れれば経営的にも成り立つはず。既存の放送局、果たしてこのような時代に生きていけるのでしょうか。

もちろん、放送局が持っておりますものは、電波を送り出す設備だけではありません。放送番組を作るスタジオやカメラなどの機材も持っておりますし、これを使って番組作りを行う人の集団が所属しており、さまざまなコンテンツを保有しております。また、広告主、つまりは顧客との太いパイプもあるのですね。

これらの機能は、電波を使おうと、ネットを使おうといずれ放送には必要なものであって、だからこそ、ネット関連企業が放送局に熱い視線を向けているのでしょう。

もちろん、放送局自身がネット経由の放送に本格的に乗り出すことも可能ではあります。しかし、放送局がみずからネットを重視することは、ある意味、自殺行為でもあるのですね。これが現在の混乱の原因である、と私は考えております。

それにしても、無駄なことを、という思いが強いのですね。そして、無駄な試みは結局無駄になる、というのが今も昔も変わらぬ真実である、と私は確信しております。

7. アップルの場合

昨今のアップル社は、i-Podに続きi-Phoneで飛ぶ鳥を落とす勢いですが、一時苦境に陥ったことがありました。その前に、実は、アップルは、大きなチャンスを逃がしていたのですね。

それは、マックOSを一般のPCにも搭載しようか、という話が起こったときのことでした。当時はウィンドウズもまださほど売れてはおらず、窓を開いてパソコンを操作する機能で、マックOSは圧倒的に進んでおりました。

そのときのアップルの判断は、マックOSはマッキントッシュ上でのみ動かす、というものでした。なにぶん、OSを売ったところでマッキントッシュの価格に比べれば安いもの。当時のアップルの経営は、マッキントッシュの売り上げで成り立っていたのですね。

しかし、ウィンドウズが出てまいりますと、マックOSを搭載したマッキントッシュの優位性は薄れます。歴史に「もし」はないのですが、もしあの時、アップルがマックOSを一般のPC向けに発売していたら、現在のマイクロソフト社の立場をアップルが獲得した可能性はきわめて高く、ビルゲイツがこれほどの富豪になることもなかったのではないか、と思われる次第です。

さて、現在の放送局の置かれた立場は、当時のアップルと似た立場。ネット企業に羨望されるコンテンツを抱えながらも、いずれは衰退するであろう旧式の技術にしがみついて、電波と運命を共にするのか、はたまたネットという新しい技術の世界で、みずからの有利なポジションを生かしていくのか、ここが判断の分かれ目であるような気がいたします。

と、いうわけで、本日は本の紹介からかなり外れてしまいましたが、同書は色々と考えるきっかけを与えてくれる良書である、と最後に持ち上げておくことといたしましょう。


本日の鉄腕ダッシュ、最後の方のBGMにイムジン河が流れていましたね。この音楽、放送禁止ではなかったのでしょうか? いつの間にか、ご禁制が解けたのかな?

まあ、その後の色々はこちらに紹介されております。ま、今回のテーマからは大きく外れますので、これに関しては論評を省きましょう。

で、この放送禁止歌、ユーチューブなら、その禁止されたやつが聞けるのですね。ま、微妙な部分であります2番はないのですが。

それにしても、これもテレビ放送からの無許可映像でしょう。ちなみに投稿者は金総統。二番を御所望の方はこちらを。歌声までをお望みでしたら、まあ、自分で歌ってやってください。

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