難癖

先週末のこのブログで、朝日新聞の書評に難癖をつけてしまいましたが、若干反省。

この手の難癖、呉智英が「バカにつける薬」の中でやっているのを思い出しました。それにしてもこの本、文庫なんかになっちゃったんだ、、、まあ、どうでも良いことなのですが。

で、そこで責められたのが「人は島嶼にあらず」という言葉を、その出典を知らずに紹介していた人でした。

この言葉、ジョン・ダンの詩の一節なのですが、これを有名にしたのはヘミングウェーが「誰がために鐘は鳴る」という小説の扉に引用したからでして、「大陸(くが)の一塊(ひとくれ)」などという難しい日本語の読みが出てきたりするのですね。

まあしかし、こんなことは知っていたからといって、さほど自慢になるわけでもないし、知らないからといって、さほど恥ずかしいことでもないのではなかろうか、というのがこれを読んでの偽らざる実感でして、逆に、こんなことで他人を攻めているのは、自らの知識をひけらかしているみたいで、いやですね、などと考えながら読んでいたのですね。

このお話、映画にもなっているのですが、イングリッド・バーグマンのファンだからといって、さほど威張れた話でもないのですね。

で、自分も似たようなことをやっちゃった。大いに反省する次第です。まあ、言い訳をさせていただければ、話題が朝日新聞に飛んだことと、人口に膾炙したアニメでありますところの「ネギま!」のタイトルですからねえ、、、

まあしかし、ネギまを知らないからといって、人生が多少味気のないものになるだけであって、涼宮ハルヒを知らない人生に比べればはるかにマシな状態、といえるでしょう。おまけに、そのどちらも知らないからといって、社会生活を営む上で、さほど障害になるわけでもありません。

ネギま!を除けば、私がたまたまコミュニケーションの研究をしているから、この成句を知っているというだけの話でもありまして、専門外の人がこの言葉を知らないからといって、馬鹿である、という証拠になったりはいたしません。と、いうわけで、反省は、ここまで。

ところで私、この書評はひょっとすると、呉智英を誘い出す罠であったのかも知れない、などという憶測もしているのですよ。

なにぶん、「なんともまっすぐで真理を突いたタイトル」に始まり、「確かに、書いておけば、人の寿命を超えて残る」で終っておりまして、いくらなんでもやりすぎ、との感もいたします。「人は島嶼にあらず」に食いついた呉智英なら、きっとこれにも食いつくだろう、などと考えて書かれた書評であったりいたしますと、これはこれでなんか面白い、のですが、、、

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