グラウンド・ゼロと核兵器の使い道

鳩山氏とアルカイダをめぐる動きは奇々怪々としているのですが、かねてから疑問に思っていたことを思い出して、ちょっと調べてみました。

何が疑問かといいまして、ことの発端であります9.11です。

疑問その1は、ワールドトレードセンターの跡地につけられました「グラウンド・ゼロ」との呼称でして、これは普通は核爆発の爆心地を指す呼称なのですが、ワールドトレードセンターで生じたのは、核爆発ではありません。広島・長崎における核爆発での死者は10万人前後でして、9.11の犠牲者、3,000人程度とは比較になりません。

この規模の違い、言うなれば、本物のガンダムとガンプラぐらいの違いがあるのですね。この恐ろしく大げさな物言い、裏を返せば、9.11での犠牲者の少なさが印象付けられる結果となるとも思われまして、あまり良い呼称ではないのではなかろうか、と疑問に思っておりました。

このことは、Wikipediaの解説も指摘しておりまして、そこでは、「広島・長崎のイメージをかき消す為の米国の陰謀ではないかという説」などが紹介されているのですが、これはどうでしょうか。

なにぶん、9.11が大惨事であることに変わりはありませんし、犠牲者の数は惨事の規模を表す基本的な数字です。9.11と核爆発による被害とを結び付ければ、核爆発の被害の甚大さを印象付けることになる、と私は思うのですね。

疑問その2は、9.11以後の状況が、テロとの「戦争」であるというのですね。この戦争、一人米国が参加しているだけではなく、わが国もこれに参加しております。つまりは、わが国は現在、テロリスト達と「交戦状態にある」というわけですね。

そこで問題になるのは、戦争において核兵器を使用することが、現時点では、全く合法とされていることです。つまりは、テロリストが核兵器を手に入れた場合、これを使用することは、国際法上、全く問題がない、という主張もできそうです。

まあ、これが国家間の通常の戦争ではありませんので、国際法云々の議論は置いておくことといたしますが、少なくとも、テロリストが核兵器を使用した場合、米国にはこれを非難できる道義的根拠がない、ということになってしまうのですね。

このような状況を作り出したのは、9.11直後のブッシュ大統領の「これは戦争である」との宣言が直接的な原因ではあるのですが、テロリストにとりましては、ブッシュが何を言おうが言うまいが、最初から「ジハド」つまりは「聖戦」だったのですから、状況は大して変らないのですね。

で、さらに困った問題は、北朝鮮が核開発を行っている。パキスタンも核兵器を保有している。公式見解はいろいろとあるのでしょうが、これらの核兵器が裏でテロリストの手に渡らないという保証はどこにもないのですね。

そうなれば、およそ目を覆わんばかりの大惨事が発生する可能性はきわめて高く、それが米国においてであるのかもしれませんが、米国の対テロ戦争の同盟国であります、日本国内でこれが起こる可能性もある。これが我々にとりましては、最大の危惧すべき点であるわけです。

で、鳩山発言というものがありまして、わが国にはテロリストが自由に出入りしている、と。これはかなり恐ろしい状況ではなかろうか、と個人的には感じている次第です。

この問題の本質的な解決策は、たとえ戦時においてであっても核兵器を使用することは犯罪である、ということを国際的に合意することです。この場合、米国が行った広島・長崎への原子爆弾の投下は、現在の基準からは犯罪的行為である、ということになるのですが、法は過去に遡及することはありませんので、米国政府も、実行に関わった兵士達も無罪、ということになります。

第二に、戦時においてであっても核兵器を使用することが犯罪であるのなら、各国は核兵器を廃棄しなければなりません。これは、いきなり、というわけにもいかないでしょうから、計画を決めて、段階的に廃棄するのが現実的でしょう。実際、こうしたものをその辺に捨てたりするわけにもいきませんので、きちんとした設備を用意して、核燃料なりに転換する必要があるのですね。

こうしたことがきちんとできますと、核物質の管理もオープンな形でできるようになるでしょうし、危険な人物なり団体なりが核兵器を手に入れる可能性も格段に低下するであろう、と思う次第です。

このようなことを書いておりますと、「理想論」などといった非難を浴びそうですが、実際問題として、大国の政府が核兵器を使用する局面はまずありません。なんとなれば、核保有国が核兵器を持たない国に対して核兵器を使用すれば、国際的な非難を浴びるはずですし、通常兵器で充分対応できるはずです。

また、核保有国に対する核攻撃は、反撃を完全に抑えられる自信がなければ自国も甚大な被害を被ることを覚悟せざるを得ず、逆に、反撃を完全に抑えられるほどの実力差があるならば、最初から核兵器を使用する必要もないのですね。

結局のところ、先進国にとりましては、核兵器の存在意義は他国が核兵器を使用することを抑止する、という意味しかありません。これは、お互いに無駄なことをやっているだけなのですね。

一方、テロリストにとりましては、核兵器を使用する意味は多分にあるし、それを思い止めなくてはならない理由もない。核兵器がテロリストの手に渡れば、それは使用される可能性が極めて高い、といわざるを得ません。結局のところ、現在の世界において、核兵器は百害あって一利なしの存在と化してしまったのですね。

ならばこれを廃棄することに、何の躊躇もいらないはず。原子力発電は好きではないのですが、核弾頭を核燃料に転換すれば、エネルギーの問題もずいぶんと時間稼ぎができるはず。このような行動は、わが国が先頭に立って行うべきではないか、などと片隅でブツブツと言っております次第です。