「集中講義!日本の現代思想」を読み直す

仲田昌樹氏の「集中講義!日本の現代思想」は1年半ほど昔のこのブログで一度読んでいるのですが、この当時の私は「哲学」を求めておりまして、「思想」には少々飽き足らなかったのですね。

でも、最近になりまして、文化、精神状況、民主主義などの戦後の変化を扱った書物を立て続けに読むようになりますと、そういえば思想に関しても似たような書物があったなあ、と思い出しまして、改めて同書を読んでみようと考えました次第です。

ちょっとヘンだった「現代思想」

まず、内容をご紹介する前に、同書の基本的立場を確認しておきましょう。帯の宣伝文句は「80年代に何が起きたのか? いまや右も左もバカばかり! 論壇の迷走の原因を80年代の思想ブームに探る、著者渾身の書き下ろし」ですし、「現代思想」と、すべてがカッコをつけておりますことは、著者からみた現代思想なるものは実に怪しげなものであった、ということでしょう。

確かに浅田彰に代表される80年代の現代思想ブームは、少々ヘンな感じを受けました。フーゾクの延長線上にあるといいますか、クラブの女の子相手の会話ねたとして“思想”が語られた時代があったわけで、あとから思えば「現代思想」とはバブルの時代に咲いたあだ花のような存在でした。

そういうわけですから、現代思想の内容そのものを深く追求することは虚しい作業でしかないでしょう。しかし、そのような思想が生まれた背景には、大きな社会の変化があり、これらは単なる思想を超えて、哲学にも影響を与えざるを得ないものと思われます。

と、いうわけで、ここでは現代思想のディテールに深入りすることは避け、何とか哲学の深みへと向かうべく努力をしつつ同書を読むことといたしましょう。

以下、青字の部分は同書からの引用部です。また、本ブログが横書きでありますことから、漢数字をアラビア数字に直すなどの最小限の変更が加えてありますことをあらかじめお断りしておきます。

「現代思想」とは

序 かつて、「現代思想」というものがあった:ここではやばやと「現代思想」の特徴が語られます。同書によりますと以下の通りです。

(「思想」という言葉の意味するところは)体系的な思索を特徴とする「哲学」と結びついていたと言える。……哲学ほど厳密な手順を踏んで記述されていない広義の“哲学”を「思想」と呼んでいたと考えることもできる。……狭義の「哲学」には、論理的整合性にこだわり、矛盾を回避しようとするので、なかなか最終的な「解答」に到達できない。……広義の“哲学”としての「思想」は、その点は割とルーズで、マルクス主義がまさにそうであるように、思い切って最終的な「解答」を出してしまい、自らを画期的な「世界観」として提示しようとするところがある
……
「現代思想」は、人間の「理性」にもとづく「体系」的な思考を信用しておらず、むしろ信用してしまうことの危険性を強調する傾向があり、理路整然としている「体系」を整えているかのような記述は行わない。「体系」を回避する、強い言い方をすれば次第に脱・体系化もしくは脱・中心化していく傾向にあるのが「現代思想」的な思考様式だと言うこともできる。
……
そして、「体系」化を拒否するせいで、「現代思想」はなかなか「解答」に向かって接近しているようには見えない。というより、「解答」という形の最終的な「目的=終焉end」に向かっていくつもりがそもそもないようにさえ見える。……「哲学」の場合は、いちおう「解答」を目指すという姿勢は見せるものの、なかなか到達できないでいて、結果的に延々と議論を続けていることになるのに対し、「現代思想」は最初から確信犯的に、「解答」を放棄しているように見えるところがある。自分自身の“理性”を信用していないので、その論理的帰結としての「解答」も信用できないのである。……そのため、従来的な意味での“真面目な思想家”からなおさら嫌われることになる。

この「現代思想」は、私がポストモダンに対して抱いている印象と同じです。著者の用語でありますところのカッコつきの「現代思想」とは、わが国におけますポストモダンを意味しているものと解釈できるのですが、本家フランスのポストモダンにしてからが同様な態度であったということもできるように思われます。

同書によりますと、ポストモダンは、1970年代までの思想界をリードして凋落しましたマルクス主義に代わるものとして登場したのですが、わが国の「現代思想」の場合は「ニュー・アカデミズム(ニュー・アカ)」と呼ばれる「軽いノリ」の思想であり、学問的というよりはある種の流行としてマスコミなどにもてはやされました。

「現代思想」に先立つ「マルクス主義」もヘンだった

I 空回りしたマルクス主義
第1講 現実離れの戦後マルクス主義:この講では、戦後わが国の思想界の主流となりましたマルクス主義を総括いたします。当時の世界は東西二つの陣営が対峙する冷戦の時代だったのですが、わが国のマルクス主義は、欧州のそれと異なり、リアリティに欠ける言葉だけが上滑りする主張に終始いたしました。

第2講 大衆社会のサヨク思想:1970年代になりますと、左翼が挫折する中で、欧州にはポストモダンのはしりでありますフーコーらが登場いたします。一方わが国においては、吉本隆明や廣松渉らのポストモダンに近い思想家が登場いたしますが、当時は彼らの言説はマルクス主義の文脈の中で理解されておりました。

II 生産から消費へ―「現代思想」の背景
第3講 ポストモダンの社会的条件:70年代の後半から80年代に入る時代は、「生産から消費へ」と、人々の関心がシフトいたしました。一方、レヴィ・ストロースらの活躍により多文化並存の構造主義が徐々に力を増してまいります。

第4講 近代知の限界―構造主義からポスト構造主義へ:構造主義の提起した重要な疑問、すなわちフーコーの言うように「知の体系(エピステーメー)」はその時代に固有のものであり、これに基づいてさまざまな学問が形成されたのだといたしますと、「知」の絶対性が疑問視されます。こうして、「人間の終焉」などというショッキングな言葉も出てまいります。

バブルの時代に花咲いた日本版「現代思想」

III 80年代になにが起きたか
第5講 日本版「現代思想」の誕生:80年代に入りますと、フランスに興りましたポストモダンの思想もわが国に紹介されますが、最初に大きなインパクトを与えたのはバタイユの「蕩尽論」に基づく栗本慎一郎の「祝祭論」です。栗本はこの理論により一柳家の金属バット殺人事件を解析したり、1981年のベストセラー「パンツをはいたサル」の上梓などにより時代の寵児となります。

これから遅れること2年、浅田彰の「構造と力」もまたベストセラーとなります。そのポイントは仲田氏によりますと次のようになります。

近代的な「主体」は、自らが設定した「客体」との関係に縛られていて、意外と「不自由」なのである。だから、基本的な前提が対立するもの同士が遭遇すると、正面切っての二項対立にならざるを得ない。

浅田は、そのようにつねに真面目な、つまり「ノッて」いる状態にある近代知のあり方を相対化するものとして、半ば「シラケ」た姿勢を保持し続ける今の若者の感性を評価するわけである。つねに「ノリ」続けていたら、対象に向かう自分の基本姿勢を批判的に見ることができなくなるし、かといって、つねに全面的に「シラケ」ていたら、いかなる対象にも興味や意欲がもてないで無気力になる。だからこそ、「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」という現代的な感性によって、バランスをとることが重要になるのである。

そして一時の流行語ともなりました「スキゾ」のご登場となります。

「月間ペン」の83年4月号に掲載された「スキゾ・カルチャーの到来」で浅田は、突発的の暴力を発したり、極端に内向的になったりする現代の若者たちは病んでおり、彼らが病んでいるのは「家族が病んでいる」からだと決め付ける紋切型の俗論を批判して、スキゾ体質の若者の生き方を肯定する論を展開している。彼はまず、ドゥルーズ、ガタリの「アンチ・オイディプス」を参照しながら、病んでいない“健全な家族”とされているものが、実は、(将来の労働力である)子供たちを資本主義的な競争のサイクルに誘うべく発明された「エディプス的家族」にすぎないことを明らかにする。子供という存在は元々、すぐに気が散り、よそ見をし、寄り道をしてしまう「スキゾ・キッズ」である。しかし「エディプス的家族」は、そうしたスキゾ・キッズたちを「《追いつき追いこせ》競争の熱心なランナー」であるパラノ人間へと強引に改造してしまう。パラノ人間は、一歩でも先へ進もう、少しでも蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける。

と、いうわけです。ここで「パラノ」とはパラノイア、つまり偏執症のことであり、「スキゾ」はスキゾフレニーすなわち分裂症の意味です。

当時はバブルのさなかの人手不足の時代であり、若者がフリーターに憧れる時代でもありました。バブルの崩壊と共にフリーターは羨望の対象とはならなくなり、現代思想も廃れていった、と著者は記します。

しかし、今日フリーターとなる若者の中に、自宅で会社の愚痴をこぼす親父の姿を見て「ああはなりたくない」と考えて企業への就職をためらうケースが多く、スキゾとパラノの二項対立的状況は今日にもあてはまるといえないことはありません。

第6講 「ニュー・アカデミズム」の広がり:軽いノリの「現代思想」は、アカデミズムの領域以外にも拡大いたしますが、一方でアカデミズムからの反感も買います。

「現代思想」の終焉

IV 「現代思想」の左転回
第7講 なぜ「現代思想」は「終焉」したのか:90年代に入ると「現代思想」は流行らなくなります。その理由として、ポストモダン思想に目新しさがなくなったこと、欧米の大物思想家が引退してネタがなくなったこと、世界的に見ると、哲学・思想のトレンドの中心が、フランスの構造主義/ポスト構造主義から、英米系の分析哲学や科学哲学、リベラリズムをベースにした正義論、責任論などにシフトしたなどの背景がある、と著者は述べます。

わが国の思想家は、個別問題へと分散し小領域内の議論が個別に行われるようになります。

第8講 カンタン化する「現代思想」:今日の日本では、右にも左にも明白な敵もなければ知的権威もないため、迷走化し、思想業界のカンタン系のデフレ・スパイラルがさらに進行すると著者は述べます。

「思想」と「哲学」

さて、同書の内容に関して議論したいと思うのですが、まず、「思想」と「哲学」をめぐる問題を整理しておきましょう。

同書によりますと、厳密な手続きを踏んだのが「哲学」であり、それほど厳密ではないのが「思想」であるといたします。確かにそういう傾向はあるのですが、私が抱いているイメージとは少々異なります。

私は、理科系の分野で「数学」や「物理学」に相当する純粋科学が「哲学」であり、「機械工学」や「建築学」などの応用科学(工学)に対応するのが「思想」であると考えております。

「マルクス主義」という思想の基礎には「唯物論」があり、「ポストモダン」という思想の基礎には「構造主義」があったというわけですね。思想はさまざまは社会運動を生み出す一方で、その思想の正当性を裏付けるものとして哲学がある、という関係になっております。

真理の変遷

「哲学」を語る際、哲学が前提としている「真理」とは何であるのか、という点が問題となります。

「真理」の定義は、古くはあたりまえであると考えられており、あえて議論の対象にはされていないのですが、これまでのほとんどの哲学者は「普遍妥当性」を真理の要件とみなしております。普遍妥当性をもつ言説とは、いつでも誰にとっても正しいと認められること(普遍性)、論理的なつじつまも合っていること(妥当性)の二つを満足してはじめて成り立つものです。

ここで、「いつでも誰でも」というとき、その範囲が問題となります。古い時代にはヨーロッパという限られた世界のみを範囲としておりました。しかし、アジアや中東、アフリカの文化も無視できない、多文化並存主義の時代となりますと「普遍妥当性」の再定義、すなわち「普遍」の有効範囲(スコープ)の変更を迫られることとなります。

かつて普遍妥当と考えられていたさまざまな言説のうち、あるものは小集団内のみをスコープとする局所妥当性のみを有すると考えざるを得ない一方で、あるものは引き続き全人類をスコープとする、普遍妥当性を保ちつづける言説であったとしても何ら不思議ではありません。

ポストモダンは、「大きな物語」の喪失、すなわち「普遍妥当性」の有効範囲(スコープ)が小さくなったという文脈で語られることが多いのですが、世界は依然として互いの交流のなかで動いているという事実を忘れてはいけません。

西欧世界のみで通用する真理は、多文化並存の世界の中では、普遍妥当性を失いました。このとき、その「真理」をそのまま維持し、有効範囲を限定するというアプローチをとったのがポストモダンであった、ともいえるでしょう。しかし、もう一つのアプローチ、すなわち世界全体という広い領域で普遍妥当性を有する言説(今日的な意味での真理)を求める努力こそが哲学・思想には必要である、と私は考えております。

以前のブログに書きましたように、自然科学は、広い範囲で普遍妥当性を持ちえます。ならば、自然科学に依拠いたしました唯物論が普遍妥当性を持ちえるか、といえばそんなこともありません。

自然科学は、人間の精神による自然の叙述であり、精神の内側にあります概念を用いてなされます。そして、カントのいうように知覚に基づく概念形成は無意識的になされ、構造主義の教えますように、このステップには人の生まれ育った自然的、社会的、文化的環境が影響を与える余地があります。

また、人は自然科学の対象としてだけの存在ではなく、本来的に、精神的、文化的価値を追い求める存在です。

唯物論的観点からは、人はある種の機械的存在であり、政治は人びとに自然環境に耐えて生存するに足る衣食住を与えればそれでよしといたします。しかし、人は必要な栄養素を与えられれば満足かといえばそんなことはなく、味は当然のこととして、ある種の美的要素も食に求めます。このような文化的な欲求に応えるためには、人の生物的な側面だけを考えるのではなく、人間の精神的、文化的要素への配慮も必要です。

マルクスの疎外論にしたところで、人は資本主義社会において「類性」から疎外されるとするのですが、その「類性」とは人が本来的に持っている性質であり、精神的価値を含んでおります。この部分が、共産主義思想の発展に伴い忘れ去られてしまったことが、後に共産主義国家を崩壊に導く遠因であったかもしれない、と私は考えております。

マルクス主義はなぜ滅びたか

もちろん、マルクス主義の思想家もこの点を考えなかったわけではありません。同書73ページあたりにルカーチの疎外理論が次のように紹介されております。

ハンガリーのマルクス主義者ルカーチ(1885-1971)は……資本主義体制のもとにある労働者が労働から「疎外」され、“物”によって支配されている「物象化」された状況にあることを強調した。……この議論は、人間の主体=主観性に焦点をあてるものであるので、ソ連共産党指導部から、ヘーゲル主義的な観念論への後退であると厳しく非難され、ルカーチは自己批判を余儀なくされた。

ルカーチの理論をわが国において発展させたのが廣松渉であり、マルクス主義からポストモダンに接近したのですが、後に続く者が現れなかった、と同書は述べます。

マルクス主義の一つの慧眼は、「上部構造」、「下部構造」という概念です。下部構造とは「生産関係」であり、技術・経済的状況がまず土台にあるといたします。そして、上部構造とは社会の制度的・文化的なあり方であって、「下部構造が上部構造を規定する」といたします。

これはある意味で「構造主義」にも通じるところがあり、構造主義的マルクス主義も唱えられます。しかし、科学的絶対性を主張するマルクス主義は、それ自身が構造主義とは両立しがたい思想でした。

あるいは構造主義の影響を受けて自らを省みるという動きがあれば、マルクス主義にも未来はあったかもしれないのですが、マルクス主義者の間では「修正主義」が悪口となるくらい原理に忠実であることを求める傾向が強く、結局は時代の流れに取り残されることとなります。

一方で、市場経済をベースといたしました資本主義社会は、物質的欠乏状態から脱却するにつれて、商品には文化的魅力が求められ、従業員に対しても創意工夫、創造力が要求されるようになり、人間性の尊重や文化的豊かさを求める社会の変化に対応いたします。

こうなりますと、本来非人間的であったはずの資本主義が人間的となる一方で、一党独裁を続けた共産主義諸国がその国民を類性から疎外するという皮肉な結果となってしまいました。

資本主義の強さは、それが前提としております市場経済制度にあります。市場経済という社会システムは、古代以前より人類が営んできたシステムであり、人間社会の間に自然発生したシステムです。

このシステムは、今日「遺伝的アルゴリズム」と呼ばれている手法に類似した自己最適化機能を本来的に備えております。まさに「神の見えざる手」がそこには存在いたしました。

共産主義のような管理経済の下では市場のメカニズムは有効に機能せず、神の見えざる手による産業経済の最適化がなされず、その結果共産主義諸国は経済的に行き詰りました。

反管理の動きと新至上主義

一方、1970年代より、先進資本主義諸国も管理の強化に走り、これに反発したのが世界各国で発生した学生運動でした。学生運動を指導した新左翼の理想は「反管理」にあったのですが、同時に管理が支配する共産主義を指向したのは皮肉といわざるを得ません。

官僚主導の元に進められた管理の強化は、先進国の経済が頭打ちとなりますと行き詰まりをみせ、産業経済の管理を市場に任せて政府の関与を低下する、新市場主義が台頭してまいります。

このことは大変に良い方向であると思われるのですが、問題は、自立した企業が政治の動きに関与を深めたことです。公正さを要求される官僚の管理に変わって、自らの利益極大化を目的とする企業が管理するというのも困った現象でして、市場経済がゆがめられその効果が失われるだけでなく、社会的弱者が忘れられるという問題が生じます。

企業活動が市場の公正さを損ねるという問題は、独占など、古くから存在いたしました。今日では、企業の操作が市場以外に、政治の世界まで及んでいることが大きな問題であると考えられます。

企業の社会操作を大いに助けるのが実は経営学でして、自社製品の売り上げを伸ばすためのマーケティングは市場を操作していることになります。もちろん、社会的に許容される範囲であれば良いのですが、特に政治への関与に関しては、民主主義の理念をも損ねる危険性があり、慎重に検討されてしかるべきところです。

いま思想家のすべきこと

そうしてみてまいりますと、今日沈滞化してしまったかに見えるわが国の思想界ですが、旧来の「リベラル」がわけのわからないことを主張し続けている一方で、やるべきことは多々あります。

まずは、官僚支配から自立した企業を民主主義の枠内に止めるための社会的ルール作りが必要でしょう。また、公正な市場はあくまで維持されなくてはならず、経済の自律的発展を損ねるようなことがあってはなりません。

国際的には、多文化並存の構造主義的思想に立たなければなりませんが、文化を超えるコミュニケーションをあきらめることなく、普遍妥当性の領域を広げる努力が必要です。たとえば、米国のやっておりますネオリベは、このような方向に真っ向から反することは以前にもご紹介いたしました。

今という時代は思想界の端境期であるようにも思われますが、問題は山積しており、解決の道もおぼろげながらみえております。あとは説得力のある体系化が今日の思想家に求められているのではないでしょうか。

端境期というのはある意味ではチャンスです。思想家の方々には、今一段のご努力をお願いしたいところです。