猪熊建夫著「新聞・TVが消える日」を読む(#1)

本日は、猪熊建夫著「新聞・TVが消える日」を読むことといたしましょう。

同書は、この2月22日に集英社新書として発行されました非常に新しい本でしてす。著者は「新聞記者を20年したあと、映像制作ビジネスにかかわってきた」方でして、新聞社やテレビ局に近い立場の方です。

新聞には再販制度で価格競争が排除され、テレビ局は許認可制により競合が排除されております。そして双方、給与水準が高いことで知られる業界でもあります。また、いずれもネットとの競争にさらされ収益が悪化しているという問題も抱えております。

著者は、このような現状に危機感を抱くとともに、競合排除には反対、ネットと新聞・テレビの融合には反対の立場を取っているように見受けられます。しかし、その論理には、少々首をかしげる部分も多々みられます。

以下、同書の具体的内容をご紹介し、コメントを付けていくことといたしましょう。

同書は4章構成で、その章立ては以下のようになっております。

第1章:テレビとネットは融合するのか
第2章:「紙離れ」はどこまで進むか
第3章:ネットになじむ音楽市場
第4章:転機を迎えたゲーム産業

このうち、第3章と第4章は付けたし的な部分であり、同書の中心は前半の2章ということになります。そこで、ここでも前半の2章に絞って議論を進めることといたしましょう。

まず、第1章なのですが、ここでの議論は二つの話題がごっちゃになって展開されるため、少々判りにくいものとなっております。第一の話題は、過去に放送されたコンテンツをネット経由で鑑賞することであり、第二の話題はテレビ放送を電波ではなくネット経由で行うことです。

過去に放送されたコンテンツは、その製作の過程で、一回のみの放送を前提に権利処理がなされていることから、後になって再利用することが難しいという著者の主張にはうなずけます。ただ、今後製作する番組に関しては、ネット経由の配信も考慮すればよいだけの話であり、事実そういう方向に動き出したと同書はしております。

ネット経由でテレビ放送を行うことに関しても、著者は否定的ですが、実のところ、これを否定することにかなり心理的抵抗を感じているようにも見受けられます。たとえば、以下の部分などは、かなり苦しそうな記述となっております。

民放がネットへの同時送信をしない理由がもう一つある。県域免許制が崩れることを、恐れるのだ。

地上波テレビ局は、東京キー局を筆頭に全国に127社ある。東京キー局は首都圏の1都6県、大阪準キー局は関西圏をエリアとし、北海道、東北、中国、四国、九州などの地方圏は各道県ごとに放送免許がおりている。これが県域免許制である。県域免許制は、戦後の電波行政の歴史的産物である。
……
東京キー局が番組をブロードバンドで同時送信すれば、確かにその想い(地方の人もすべての番組をみることができるようにしてほしいという願い)が実現する。インターネットの世界に国境とか県境の概念はない。どこの県民もキー局の番組をパソコンで自由に見られることになる。

これまでキー局の番組を見たくてもすべては見られなかった地方の県民にとっては、これはハッピーな話である。大歓迎であろう。

だが、そうなると地方テレビ局の存在意義はなくなり、県域免許制など無意味になってしまう。地方テレビ局は倒産に追い込まれ、東京キー局を中心とした地上波の体系は崩壊してしまう。
……
地上波民放にとっては、現行の県域免許制を守り抜くことが至上命題だ。それに風穴を開ける、ネットへの番組の同時送信は、考えられない話なのだ。

地上波放送は、2011年7月にデジタル化の作業が完了することになっている。それでも、現状のアナログ放送で発生している難視聴地域がデジタル放送でも出てしまう。山間部や離島などだ。この難視聴地域の解消を目的に、IPマルチキャスト放送による放送の同時再配信が認められることとなった。ただし、それを受信できる地域はあくまで地元放送局のエリアにとどめる、との歯止めがついた。県域免許制が「アリの一穴となって崩れてしまうのではないか」という放送側の主張に配慮したのだ。
……
竹中懇をスタートとする一連の「融合」論議では、県域免許制について意識的に避けてきたフシがある。これにメスを入れなければ「融合」は進まない。しかし、メスを入れれば民放のビジネスモデルは崩れる。県域免許制の維持、というのは地上波民放の「業界エゴ」と考えている「融合」論者がほとんどだが、表立って議論することは、事実上できない現状であることを、物語っている。

長い引用になってしまいましたが、この部分が同書の重要なポイントです。

ネットにも放送を配信すると県域免許制で運営していた地方放送局が立ち行かなくなる」との懸念は何ゆえに生じるのでしょうか。単にネットでもキー局の放送が見られるというだけの話であり、地方放送局が放送をやめるわけではないのですね。

この論理が成り立つ背景には、ネットでも放送を見られるなら、地方の住民のかなりの部分が、地方放送局のテレビ放送などは見ず、ネットでキー局の番組を直接見るであろうとの予想があるからなのでしょう。つまりは、視聴者がネットによる放送を選ぶであろう、との予想がその裏にはあります。

この予想の意味するところは、「ネットという技術が普及した以上、地方局はその存在意義が失われた」ということなのであって、現在なお地方局が存続し続けていられるのは、政治的、あるいはテレビ局の経営上の理由からそうしているのだ、と主張しているのと同じことなのですね。

地方の人々の利便性を犠牲にして地方局の経営を維持しようというのは「業界エゴ」そのものです。なぜそれが議論できないかといえば、融合論者も現実がわかっているからであって、許認可権を有する政治家、官僚、独占事業での利益を狙うマスコミ各社と地方局の運営に参画する地元有力者がこれに関わっている以上、業界エゴといえども簡単に否定できるものではない、という現実的判断がそこにはあるのでしょう。

電波帯域が限られた貴重な資源であることをテレビ局サイドの人間はよく認識しなければいけません。だからこそ、放送は許認可制の元にあるのですね。技術の進歩により不要になった電波帯域は、むしろ率先して返上すべきであるともいえます。

表立って議論できないことが、すなわち正当なことである、というわけでは決してありません。エゴだって通ってしまうのが現実の世界なのであって、著者が上の引用部で述べていることは、まさにそういう現実の描写に他なりません。

さて、同書の噴飯ものの記述は46ページ以降の「ネットのインフラは、パンク寸前」という説にみることができます。

まず第一に著者はネットの容量がパンクする、という心配をいたします。しかしこれは、放送を流すだけであるならたいしたトラフィックにもなりません。

と、いいますのは、YouTubeのコンテンツを観る場合には個々のユーザに対して異なる画像データが送信されるのですが、放送の場合は単一のデータがネット上に流されるだけです。すでにNTTは地上波デジタルを同社の光ファイバーで供給するサービスを開始しており、この心配は現実離れしております。

第二に著者は、PCやサーバの消費電力が膨大になると心配するのですが、これもまったく心配はないわけで、なにぶん、PCでテレビをみるなら、テレビ受像機の消費電力はゼロになります。電力消費の議論をするなら、放送局とテレビ受像機の消費電力を合計したものと、サーバーやパソコンの消費電力総計の内訳から、テレビ放送の送受信に消費された部分を取り出して比較しなければなりません。

著者のこの議論は極めてお粗末であり、その誤りに気がつかない読者がそうそういるとも思えません。このような記述を平気でするところに、著者の立場が如実に現れているように思われます。つまり、偏った記述、ためにするところがある記述ではなかろうか、との想いを読者に抱かれてしまうのですね。

ま、事実そうなのではなかろうか、という感じがすることも事実ですが、、、

さて、同書で少々首を傾げますのは、映画は映画会社が著作権をすべて保有するのに対し、テレビ放送の場合は権利関係が複雑であり、これをネットで流すことが難しいとの記述があることです。

実は、著作権法でいう「映画の著作物」とは「映画の著作物には、映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物を含む(2条3項)。映画、ビデオグラム、テレビジョン、テレビゲーム、コンピュータなどの画面表示が挙げられるWikipedia)」とされておりまして、映画会社とテレビ放送局との立場の違いはさほどありません。

もちろん、出演者などとの契約が、一回だけの放送を前提としたものになっているなら、確かにこれを再利用することは難しいでしょう。しかし、ネットがすでに存在し、ネット経由のオンデマンドの送信もありえる現状を考えれば、最初からこれを前提とした契約を結べばよいだけの話です。

ネットを敵視してこれに背を向けるような経営を続けますと、こういった対処が後手に回り、テレビ局はせっかくのビジネスチャンスを棒に振ってしまうことにもなりかねません。現実を正しく認識することは、テレビ局に限らず、あらゆる企業経営において必須であることはいうまでもないことなのですね。

なお、過去に放送されたコンテンツを蓄積し、その個別の番組に視聴者がアクセスする場合は、ネットを流れる情報量が増大することも起こりえます。これは当然の話なのであって、新たなサービスが追加されるなら、それに応じたネットの資源も必要になるだけのことです。

さて、楽天ブログの文字制限にかかりそうですので、後半は別稿といたします。

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