池尾伸一著「米国発ブログ革命」を読む

本日は、ネットとジャーナリズムの最近の動向を扱いましたルポ、池尾伸一著「
ルポ米国発ブログ革命」を読むことといたしましょう。

個人発メディアの台頭

一介のブロガーのオフミ(オフラインミーティング)に大統領選挙運動中のオバマ氏まで来てしまうという前代未聞の状況がなぜ起こったのか、これが同書が書かれるきっかけとなったという記述から同書は始まります。

このブログでも、日本のジャーナリズムの抱える諸問題を扱った書物をいくつか紹介してまいりました。しかし、米国ではこの問題はさらに深刻です。なにぶん、新聞社自体が企業買収の対象となり、採算重視の新経営陣の元、良識的なジャーナリストが社を去る、等ということが頻繁に起こっております。

また、マスコミが政府の発表に頼り切り、政府に都合のよいことだけを報道する傾向を強めております。この点は、おそらくはわが国でより問題は深刻なのでしょうが、これをおかしいと感じる人がネット上に多くの意見を集約する場を設け、政治を動かす影響力をもつまでに成長いたしました。

同書のほぼ半分は、このテーマを扱いました第1章「台頭する『個人発』メディア」で占められております。同書の構成は、これに続く短い第2章「個人発メディアの課題」につづき、既存メディアの直面する問題を扱いました第3章「のたうつ『恐竜』たち」、そして将来の方向を展望する短い第4章「つながるジャーナリズムへ」の4章に「はじめに」「おわりに」を加えた構成となっております。

メディアの凋落

ここで紹介されております個々の出来事はそれぞれに興味深いのですが、これら全体を総括して、その裏にある真実について考えますと、さらに興味深い事実に気付きます。

第一に、既存のマスメディアは、その存在理由があやしくなる一方で、お金を儲けるための道具という色彩を強めております。

本来、マスメディアは読者、視聴者の求める真実を伝達すべきものであるにもかかわらず、安易な取材姿勢のゆえに政府の広報機関的色合いを強め、権力に対する監視と批判というジャーナリズムに本来の役割を見失っております。さらには、企業買収の対象となった場合には、出資者の経営的事情が記事の内容にまで影響を及ぼします。これは、ジャーナリズムにとりましては自殺に等しい行為です。

新聞やテレビが独占的地位を謳歌できた時代なら、こうしたジャーナリズムの堕落に対しても読者は他を選択することができませんでした。しかし今日ではインターネットという代替手段が存在するわけで、マスメディアが頼りにならないならば、ネットにその代役を求めることとなってしまいます。

公正さを阻害するもの

もとより市場経済というものは、人々が生み出した価値が市場で貨幣と交換されることで成り立ちます。価値を生み出さないならば、本来は経済的な利益を得ることはできないはずです。しかし現実には生み出した価値をはるかに上回る経済的利益を得ることは広範に行われています。

このようなことが可能であるのは競争に対する何らかの制約があるためと考えられます。政治的な制約、業界団体による制約、あるいは思い込みといった心理的な制約などが存在する可能性があります。このような制約を利用して、本来得てしかるべき経済的利益をはるかに上回る利益を得るとしたら、それは倫理に反する行為であると、わたしなどは考えてしまいます。

ネット社会の向かう方向

ネットはこのような制約を破壊する新しい技術です。そこに、同書に書かれたマスメディアの地位の低下とネットの新たな応用分野の出現があったのでしょう。

最近の若者の就職難を伝える解説記事を読みましても、「経済的に恵まれる良いポジションを得ること」と「就職」とを同一視するトーンが目立ちます。現実の世界は、確かにそういう側面があることは否定できないでしょう。つまり、「正社員」や「公務員」という特定のポジションを得てしまえば経済的な安定が保証されることは事実であって、彼らの属する企業や官庁が既得権益で保護されておれば、その構成員の働きがどうであろうとも組織は安泰であるわけです。

しかし、そうそう甘くはないのが現在であり、このような既得権益はなくなる方向に向かうであろうと思われます。そうなったとき、何が組織の存続を許し、何がその構成員の経済的安定を確保するのかという点が大きな問題になるでしょう。

この問いの正解は、原点に立ち返って考えれば容易にみえてくるのであって、その組織が社会に提供している価値こそがその組織の存在理由であり、構成員が彼の属する組織にどのような価値を提供しているかが彼がその組織に安住できるか否かの判断基準となるはずです。

そうであるから、職業訓練も、ただ漫然と何時間すればよいというものではなく、社会がどのような価値を求めているのかを把握し、これを提供できる人間を育て上げることを職業訓練の目標におかなくてはなりません。

どうも、皆が肝心な点を見失っているように見えて仕方ないのですが、いったいどうなっているのでしょうね。