大栗博司著「重力とは何か」を読む

本日は最近よく売れている書物、「重力とは何か」を読むことにいたしましょう。

とはいえ、最近は少々時間をとりにくく、この本も電車での移動中等にちょこちょこ読んでいるのですが、書き込むためのまとまった時間がとりにくいのが悩みの種。そこで、書き込みもちょこちょこと行うことといたします。

まず、この書物、以前ご紹介いたしました「宇宙を織りなすもの(上)(下)」によく似ております。もちろん、「宇宙を織なすもの」は二巻仕立てのハードカバーで、「重力とは何か」は新書ですから、重さも厚さも値段も全然違うのですが、扱っております内容はほぼ同様の範疇。ただ、「重力とは何か」の方は少々内容が希薄で、あまり面白い話はないように思います。もちろん、「宇宙を織なすもの」を読んでいない方には充分に面白い書物であるかもしれないのですが、、、

さて、相対性理論を理解している人は世界に三人しかいない、という都市伝説がかつてあったのですが、同書の著者であります大栗氏がその三人の一人であるかとなりますと、これは少々怪しげです。

93ページから94ページにかけて、曲がった平面の例が図解されているのですが、これがなんと円錐。実は円錐形も円筒形も、平面を曲げて作ることができる図形でして、二次元的には曲率がゼロ、つまり湾曲などしていないのですね。

従いまして、この図形上に描かれた「曲がった測地線」も正しくはありません。

相対性理論で扱っております曲がった面とは、実は平面を曲げただけでは作ることができない曲面のことでして、面の伸び縮みがないといけません。つまりは球面とか、鞍形とかです。

平らな金属の円板を用意して、真ん中付近を特に強く叩いていきますと鍋のような形に膨らんでまいります。これは金属板が中央付近で伸び、周辺付近ではあまり伸びないからです。これが正の曲率をもった曲がり具合ということになります。

鞍形とは馬に乗せる鞍の形でして、身近な所ではポテトチップやわかめがこれに相当いたします。ポテトチップ、油で揚げますと、皮に近い部分がのびて、中心付近はあまり伸びない。その結果、周囲が伸びたびろびろとした形になります。これが負の曲率をもつ面ということになります。

空間の曲がりが重力そのものなのですが、肝心の曲がりに関する理解がこの程度では、少々問題がありそうな書物であるとも言えるでしょう。

そもそもの相対性理論が分かりにくい、世界に三人しか理解されていないとまで言われたものですから、これを正しく理解している人などそうそういはしないとは思います。でも、まずは自分が良くわかっていないことを知ることが大事なのでして、わかっていないことが分かっていない、という状況は最悪であるような印象を受ける書物でした。

とはいえ、テーマ自体は面白いものを扱っておりますし、文字数にもまだまだ余裕がありますので、この先も気がついたところをちょこちょこと書き込むことといたしましょう。


ちょこっと追記。

疑問を一つ削除いたしました。実は、「重力が作用している空間におきまして、同じ点から同じ方向に射出された物体の軌跡は初速度に依存するわけで、空間の歪によって一意に定まる軌跡を描くわけではありません」との記述をしたのですが、4元時空においては初速度が異なれば異なる方向に射出されているわけで、自由運動をする物体が測地線に沿った動きをしていたとしても、初速度の異なる物体の三次元的な軌跡は、それぞれに異なっていても不思議はありません。

惑星の軌道は、4元時空においては(軌道面に垂直な方向を無視して三次元的に見れば)スプリングのようならせん状の軌跡を描きます。で、ゆっくりとした運動は時間軸方向には非常に長く延びている。だから、三次元空間から見れば大きな曲率に見えるのですが、実は引き延ばされたばねのように、4元時空で見た曲率は非常に小さいということになります。

この疑問の生じた理由の一つに、太陽付近を通過する光線の重力による湾曲について、当初アインシュタインが計算した値は実際の値の半分であったことはよく知られているのですが、これが光の質量を無視して、重力によって生じる力の効果を無視していたためであったとの俗説が記憶の片隅にあったことによります。

光子は静止質量はゼロなのですが、光速で運動している光子はそのエネルギーに対応する質量をもっております。これは当然のことながら重力の影響を受けるわけで、アインシュタインは当初この効果を無視していた、というのがこの俗説の趣旨でした。

現時点では、どうもこの俗説が誤っている様子で、一旦これに基づく記述を削除した次第です。記述がコロコロ変わって申し訳ありません。

ちなみに、太陽の重力による光線の湾曲につきましてはこのページなどに詳しく記述されております。