日本の原発。この壮大なる失敗から、いかにリカバリーするか

このブログではこれまで何回かにわたって、我が国の原子力発電をめぐる問題について論じてきました。しかしではどうすればよいか、という点に関して「まずは当事者、規制当局、アカデミズムなど等の「専門家」が国民の信頼を取り戻すこと」という処方箋を示してはいるのですが、それはそうそう簡単なことではないように思われます。そこで今回は、これからの我が国の原発はいかにあるべきか、この壮大な失敗からいかにリカバリーするか、という点について議論したいと思います。

まず第一に、原子力発電は最も安価な電力源であるとしてこれまで国を挙げて推進してきたのですが、福島の事故の後ではこの前提に疑問が生じています。事故のコストを考えると、原発はそれほど安価ではないという点は指摘されていますし、このブログでも議論したように、経済性を重視するあまり本来対処すべきリスクを無視しての低コストであったようにも思われます。

こうなりますと、将来の我が国の電力を原発に頼るわけにはいかず、寿命がきた発電所を停止していけばいずれは脱原発、というのが既定路線ということになってしまうのですが、それで本当に良いのだろうかと私などは考えてしまいます。

化石燃料が枯渇した後のエネルギー源を何に頼るのかは重要な問題であり、自然エネルギーだけでそれが可能であると言い切れない以上は、原子力発電というオプションも温存しておく必要があります。そのためには、研究開発は続行しなければなりませんし、ある程度の規模での原子力発電は続行する必要があるでしょう。

安全性に目をつむり、経済的であるとの建前を掲げて原子力発電を推進した裏には、我が国が潜在的核武装能力を保持したいとの秘められた目的があったのではないか、と私は考えているのですが、実は現在の原子力発電に用いられているような原子炉で生産されるプルトニウムは純度が低く、核兵器に転用することは困難であるという事実もあります。もしこれを知らずに潜在的核保有能力を夢見て無理に原子力発電を推進していたとすれば、これほど愚かなこともありますまい。

一方で、高速増殖炉は将来のエネルギー源として有望な技術であり、得られるプルトニウムも兵器級純度であるわけですから、我が国が推進すべきはまさにこの技術を一刻も早くものにすることであり、その他の原発は経済性と安全性のバランスを図りつつ、順次廃炉にしてもかまわないように私には思われます。

問題は、現在既に存在する原発の処理ですが、まず第一に、地震と津波のリスクを考えれば、18か所50基あります原発のすべてを保持することは現実的でなく、最大でも3立地9基以下に制限する必要があると私は考えております。これは、現在の原発事故に対する国の保険料が700年に一度の事故を前提としており、18か所の原発を維持したのでは40年に一度の事故を覚悟せざるを得ず(10年以内に事故が起こる確率が25%)これを我が国が許容することは困難であろうということ、これを1/6に削減すれば240年に一度の事故確率となり、今後10年以内に事故が発生する確率は4%程度と、かなり軽減されることによります(特にリスクの高い原発を選んで廃炉対象とすれば、事故確率はさらに低下することが期待されます。)

第二に、停止している原発であっても決して安全な存在ではないことから、廃棄すべき原発は早期に廃棄することが重要です。そうすれば、無駄な津波対策をする必要もなく、全体としてのコストは最小化されるはず。最悪のやり方は、運転再開ができるかできないかわからない状態で、安全対策に膨大な資金を投入し、かつそれで本当に安全であるかどうかの確証も得られない、現在のやり方であるように私には思われます。

第三に、最大の被害原因は避難の際の不手際であったという福島の事故の教訓から、原発周囲の広範囲にわたる線量モニタの体制を作り上げ、風向予測と併せて、このデータを随時公開すること、住民や医療機関等の避難訓練を様々な想定で定期的に行うことが求められます。

第四に、いずれにしても国民の信頼を取り戻すことが第一であり、過去の失敗を糊塗したりせず失敗を失敗と認めること(福島の事故は大した事故ではない、などと電力会社の人間が主張するのは論外です)、失敗の原因を明らかにして合理的な対策を提示することが必要でしょう。また、過去に原発のリスクを指摘して冷や飯を食わされた人々を救済することも重要でして、こんなことが行われていたことは多くの国民が薄々知っていたわけですから、このような異常なあり方を正常な姿に戻し、これを多くの国民に周知させるような施策が必要であるように私には思われます。

あとは、核廃棄物の処理の筋道を一刻も早く決定すること。これは廃炉をスムーズに進めるためにも必要ですし、これがあいまいなままでは原子力発電という技術が完成したものであるようにも思われず、いつまでたっても国民の疑心暗鬼を招くだけである、と私は考えております。

と、いうわけで、まず必要なことは国民の理解を得ること、これには隠し事をせず、過去の失敗は失敗として認めること、合理的な疑問には答え、必要な安全対策をきちんと進めること、今後のロードマップを示して関係者の理解を得る努力が必要でしょう。そうするためにも、上に掲げました諸点を着実に実行することが重要ではないかと考えている次第です。

現在行われていることはこれとは全く逆の方向であり、これでは我が国の原子力発電は袋小路に迷い込むしかありません。これは、経済負担が増す一方で安全性はさして改善されない最悪の道なのですが、まったく、何をやっているのでしょうか。

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