原発事故に際して避難すべき年間被ばく量について

最近のアゴラ「年間1mSv」はなぜ決まったのかと題する記事を池田信夫氏が書かれています。これは全く正しいことが書かれている半面、誤解を招きやすい内容でもありますことから、簡単に補足しておくことといたします。

まず池田氏も書かれておられますように、事故直後に大混乱に至りましたことは行政の大失敗であるとしか言いようがなく、避難すべきでない人々が逃げ出したことから見捨てられた一部の人々が死に至ったことは厳然たる事実です。

ただ、1mSv/年という基準が意味のない基準であるというわけではありません。池田氏も引用しているICRP Publication 111日本語版には、以下の記述がなされております。

(50)現存被ばく状況にとっての長期目標は、“被曝を通常と考えられるレベルに近いかあるいは同等のレベルにまで引き下げること”(ICRP. 2007, 288項)であることから、汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のための参考レベルは、このカテゴリーの被ばく状況の管理のためにPublication 103(ICRP.2007)で勧告された1~20mSvのバンドの下方部分から選択すべきであることを、委員会は勧告する。過去の経験は、長期の事故後の状況における最適化プロセスを拘束するために用いられる代表的な値が1mSv/年であることを示している(以下略)

すなわち、年間被ばく量の最終的な目標を1mSv/年以下とすることは妥当な基準であると考えられております。

問題は、事故直後の混乱した状況下で人々が選択した行動に不適切なものが多かった、という点でして、私にはその原因は事前の準備が全くなされていなかったことであるように思われます。

では、どのような行動が適切であったかといいますと、まず第一に、病人や要介護者を抱えている施設の担当者は、少なくとも20mSv/年(最大では100mSv/年まで許容)を超える被ばく量にならない限り、病人を置いて逃げ出したりしてはいけないという点です。この場合の限度を20mSvにするか100mSvにするかは考慮の余地がありますが、担当者の避難が病人の死につながることが予想される状況下では、最大限度まで粘るのが職業倫理というものではないかと思います。20mSv/年以上の被ばくが予想される地域に対して避難命令を出すことは妥当でしょうが、これはあくまで一般住民に対する避難命令であるべきで、職業上避難が困難である人々にはこの命令は適用されない形で避難命令を出すべきでした。

第二に、20mSv/年以下1mSv/年以上の被ばくが予想される地域に対しては「避難命令」などは出すべきではありませんが、放置してよいというものでもありません。このような地域に対しては、「長期間滞在すると健康に悪影響がある可能性がある」旨をアナウンスし、行政は避難する人々に対して資金面、交通・宿泊手段などのサポートを行うべきでした。

その他、池田氏は否定しておられるのですが、情報不足という問題はやはりあったように思われます。適切な避難指示を出すためには、それぞれの地点での放射線量の計測値が欠かせませんし、時間の経過とともにこれがどのように推移するかの予測も、避難先を決め避難誘導を行う際には欠かせない情報であり、これらが適切に関係者に開示されたかとなりますと甚だ疑わしいと言わざるをえません。

とはいえ、このような議論は事態が落ち着いた今だからできるのであって、あの混乱した状況の中で正しい選択をなし得たか、はなはだ疑問であるように私には思われます。この問題の最大の原因は、当時の個々人の誤った判断というよりは、準備不足。原発は事故など起こさないという根拠のない自信なり驕りが最大の原因であったものと私は考えております。

なお、先にリンクを張りました池田氏の記事から受ける疑問は、1mSv以上でも問題ないというのがICRP 111勧告であるかのように読み取れるのですが、このような理解は事実に反しており、ICRP 111勧告は1mSv以下とすることを推奨している、という点です。


ふうむ、池田氏の記事には他にも少々問題がありそうです。

池田氏は「このうち事故直後の状況は緊急被曝状況なので、最大100mSvまで許容できる。したがって病人などは拙速に動かさないで、線量の高いところから順を追って避難すべきだった。次の図でもわかるように、年間100mSvを上回る地域は原発の周辺の半径数百mだけだったからだ」と書かれているのですが、図に記された線量は「3月12日6:00から3月24日0:00の間の積算線量」であって、時間比例で計算いたしますと年間の線量はこのおよそ30倍になります。

これを図に当てはめますと、100mSv/年を上回る地域は(図から正確な見積もりは困難ですが)少なくとも「半径数百メートル」などという狭い領域ではなく、おおよそ幅5km×長さ30km程の広大な領域に及ぶことになります(放射性ヨウ素の半減期は非常に短いことから過大な見積もりではあるのですが、42日間の積算線量の10mSv(≒ 100mSv x 42 / 365)ラインもほぼ同様ですので大きな狂いはなさそうです。)

100mSv/年の所に1年間滞在すれば累積100mSvの被ばくを受けるわけですが、累積100mSvは原子炉や核汚染物質を取り扱う作業員の平常時の限度量であり、しかもこれらの作業員は内部被ばくを防ぐ防護服を着用し、個人線量計を携帯して作業にあたっているわけですから、無防備な一般市民をこれと同等に扱うわけにはいきません。

緊急時に100mSv/年が許されるといっても、それはあくまで短期間の一過性の被ばくであるからであって、業務上その場にとどまる必要がある人々に対しても、このような高濃度汚染地域からは可能な限り短期間で避難させるようにしなければなりません。これに許される時間は数日程度といったところではないでしょうか。


ウェブをサーチいたしますと、上記池田氏の誤解はこの記事に始まるものでもなく、はるか以前から同様の主張を繰り返しておられたようです。池田氏には積算年間の違いがわからない様子なのですが、周囲に助言してあげる人はおられないのでしょうか。

このような誤った主張を繰返し行うことからも、池田氏の思考停止に陥っている可能性は高く、以前のこのブログでご指摘いたしましたように、原発村は思考停止に陥ったカルト的集団であると考えるのが正しいように思われます。

池田氏のような主張が繰返しなされますと、原子力発電は怪しげとの印象をますます多くの国民が抱く結果となってしまいます。我が国が原子力発電を利用するための第一歩は、原発村の人々をマインドコントロールから解放すること、それなくしては我が国に原発は不可能なのではなかろうか、と考えている次第です。


福島原発周辺の年間被ばく量の今後の推移を表したわかり易い図が朝日新聞社のサイトにありましたのでご紹介しておきます。池田氏のご主張が誤りであることはこの図からも明瞭でしょう。事故直後の100mSV/年の領域の粗粗の見積もりとして、私は上で、幅5km x 長さ30kmとの数字を出したのですが、時間の経過に伴う線量の低下を考えれば、この見積もりはほぼ妥当であったといえるでしょう。

30kmという数字は、当初設定された避難すべき原発からの距離と一致するのですが、これは偶然ではなかろう、と私は想像しております。確かに事故直後に充分な情報は提供されなかったのですが、原発周辺の国や地方自治体の機関には線量計を備えているところも多くあり、これらの計測により被ばく量が100mSv/年以上となる汚染領域は把握されていたのでしょう。

結局のところ、当初の避難範囲は概ね妥当と思われ、池田氏の主張は関係者に対するいわれなき中傷であるといえそうです。

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