極端な偏見を持って始末、って、、、

朝日新聞の「人生の贈りもの」という連載インタビューコラムがあるのですが、本日からは字幕翻訳者の戸田奈津子氏が登場し、その第一回は「暗殺命令、ズバッと伝えた」と題しております。

そのものずばり?

問題の箇所は以下のとおりです。

80年に公開されて大きな話題になった「地獄の黙示録」にこんなせりふがありました。「Terminate with extreme prejudice」。直訳すれば「極端な偏見を持って始末せよ」。この持って回った表現では、主人公が上官を殺す命令を受けたという一番重要な点が観客に伝わりません。私はこの場面に、暗殺命令が明確に伝わる字幕をつけました。映画字幕は翻訳ではないのです。

でも、これってちょっとおかしいですよね。もって回った表現で言いたいことが伝わらないのは、米国人でも同じはず。

そんなときには辞書を引きましょう。

with extreme prejudice
極端な偏見をもって, 暴力的に, 情け容赦なく.
「暗殺する」という意味の俗語terminate with extreme prejudice(極端な偏見をもって処分する)から出た表現.

そのものずばり、じゃないですか。

私も英語に詳しいわけではないのですが、おかしいと思ったら調べること。このセンスは、字幕翻訳に携わる方だけではなく、朝日新聞社のインタビューアにも記事をチェックする編集者にも、必要だと思いますよ。

朝日は時々こういうポカをする、、、

有名な誤訳?

ちょっと気になって調べてみましたら、これは結構有名な誤訳のようですね。これには続きがありそうです。上の記事はとりあえずそのままといたしまして、明日以降のインタビューが出てから修正いたします。


2/4 追記:この件に関しまして朝日の連載二日目は違う話題に移行しており、続きはありませんでした。結局、朝日のポカということになりそうです。

ちなみにこのせりふ、俗語というところを生かして日本語に訳すなら「殺っちまえ。容赦するんじゃねーぞ」くらいのところでしょうか。

“Terminate with extreme prejudice”で「暗殺」というのも奇異な感じを受けますが、暗殺は通常、問答無用でズドンですから、相手の考え方などお構いなし、偏見そのものが暗殺の基本ではあります。

“extreme prejudice”のもう一つの意味として「過激な嫌悪感」があります。嫌悪感が偏見に根ざすものなら同じことでもあるのですが、日本語的にはイメージがかなり違いますね。で、こちらの意味合いを重視するなら「あんなくそがき、いてもーたれ」ってとこでしょうか。でもこれではハリウッド映画ではなくて東映任侠映画ですよね。「実録大阪都抗争(主演:橋下さん)」が将来制作されるといたしますと、どこかに出てきそうなせりふではあります。

(一部抜けがありましたので、ついでにその他の部分も、ちょこっと修正しました)

実際のところは

2/7 追記:これ、先に示しましたリンクを読み直してみたのですが、ちょっとややこしい事情がありそうですね。以下、このリンクの内容を元に解説いたします。

まず、ハリソン・フォード演じる通信部将校が "Terminate the Colonel's command."「大佐の支配を終わらせろ」と、謎めいた民間人に命じます。で、この民間人が"Terminate... with extreme prejudice."と、確認するように応えるわけです。

ハリソン・フォードが「支配を終わらせろ」とあいまいに命じる理由は、「上官を殺せ」などと明確に語って後で責任問題となることを避ける意図があるのでしょう。これに対して、最初の“Terminate”という単語を繰り返した後に、これに続けて“with extreme prejudice”と謎の民間人が返しますと、このことばは俗語で「暗殺しろ」という意味になる。まあ、俗語ですから、正式に命じたわけではないともいえるのですが、一応は、あいまいな暗殺命令を確認した形になっております。

これもある種の言葉遊びといえるでしょう。面白い点は、戸田奈津子氏の無知ゆえの誤訳が結果的に正しい訳になっているということです。でも、ここを正しく「暗殺しろ」などと訳したのでは、このせりふの面白さが伝わりません。ここは、以下のようなやり取りにするのが良かったように私には思われます。

通信部将校:大佐の支配を終わらせろ
謎の民間人:終わらせる、、、人生を、だな

ちなみに、上でご紹介したリンク先の方も、このような意味までたどり着いておられません。"Terminate... with extreme prejudice."の意味を米国人に問い合わせても、俗語の意味を解説してもらえないようです。つまり、この俗語はさほど一般的ではない様子でして、戸田奈津子氏が知らないのも無理はないともいえそうです。

また、これを手がかりに更に深読みいたしますと、あまり一般的ではない俗語であるからこそ、このせりふが生きてくるのかもしれません。つまり、この会話自体があまり一般的には理解されていない会話であるけれど、謎の民間人は正しい応答をしており、ハリソン・フォード演じる通信部将校もおそらくはちゃんと理解している、でもひょっとすると何を言われたかわかっていない、と、、、

そうだといたしますと、このせりふ、恐ろしく奥が深いように思えるのですが、シナリオライターの意図は一体どのあたりにあったのでしょうね。

法律用語“without prejudice”

2/20追記:面白いページを見つけましたのでご紹介します。この誤訳、なんと村上春樹氏もなさっていたのですね。

ただ、このリンク先を書かれた方も、少々本質を見失っているように思われます。このあたりにつきまして、ちょっと追記しておくことといたします。

まず、“without prejudice”が「『不利益にならないように』とか『偏見を持たないように』という意味」の法律用語であるという点につきましては目からうろこです。でもそれは、“Terminate with extreme prejudice”が暗殺せよという意味の俗語になる理由であるわけです。つまり、「法律の枠外で始末しちゃいなさい」という意味であるわけですから。

で、一旦これが俗語になった以上は元々の意味は失われて「暗殺せよ」という意味になるわけであって、法律用語云々はこの時点ですでに意味を失っているはずです。だから、これをリンク先の言われるように「片付けろ、裁判抜きで、だ」と翻訳するのは、やはりおかしいように思われます。

ここはやはり、“Terminate with extreme prejudice”が暗殺せよという意味の俗語であることを前提とした上で、terminate(終わらせる)という単語を用いたしゃれ、と解釈するしかないのではないでしょうか。

語源の謎は解けた!

2017.2.12追記:Wiktionary英語版での「terminate with extreme prejudice」の意味によれば、この言葉は、1960年代にはCIAや軍の諜報機関で、公にはグリーンベレー事件報道(The New York Times, August 14, 1969)で使用され、1979年の地獄の黙示録でさらに有名になった、としています。また、英語版Wikipedia“雇用の終了”には、以下の記述(日本語訳はGoogle翻訳による)があり、この言い回しが「暗殺」の意味に転じたものと思われます。

雇用は、害されることなく終了する(terminated without prejudice)ことができます。つまり、解雇された従業員は、将来同じまたは類似の仕事のために容易に再雇用される可能性があります。 これは通常レイオフの場合に当てはまります。

逆に、人の雇用は偏見をもって終了する(terminated with prejudice)ことができます。つまり、雇用者は、従業員を将来類似の仕事に引き返すことはありません。 これは、無能、不法行為(不正行為や「許容できない」違反など)、不服従または「態度」(同僚や上司との人格の衝突)など多くの理由が考えられます。

そういえば、日本語でも解雇を「首切り」といいますし、トランプ氏お得意のセリフ “You are fired!” (お前は首だ!)にも銃殺されるようなイメージがありますね。解雇することと命を絶つこと、この二つはかなり近い関係にある、ともいえそうです。