レオン・レーダーマン著「量子物理学の発見」を読む

このところ量子力学づいているこのブログですが、本日はレオン・レーダーマン著「量子物理学の発見/ヒッグス粒子の先までの物語」を読むことといたしましょう。

この本は、本年9月20日に出ました、非常に新しい書物で、近年話題のヒッグス粒子を扱うもの。ヒッグス粒子が質量を生み出すそのメカニズムについて平易に解説しているのですが、これを読んで簡単に理解できる人はおそらく少数派ではないでしょうか。かくいう私もちんぷんかんぷん。もうちょっと、しっかりした解説書を読まなくてはいけません。

物理学の解説書の多くは理論物理学者の手になるものが多いのですが、レーダーマン氏は実験物理学者、手を動かす、職人的センスの持ち主なのですね。で、職人の良いところは、具体的なものを扱っていること、そしてユーモアのセンスにあふれていることです。同書を読んで、私は何度も笑ってしまったのですが、実際のものを扱うということは、予想外の出来事(失敗、ともいう)も起こりがちで、これを笑い飛ばすセンスがなくては実験などやってはおれん、ということでしょう(なお、彼は、笑う実験物理学者と呼ばれております)。

さて、内容に関する詳細な議論に関しては、各自同書を読んでそれぞれにやっていただくこととして、ここでは、これまでのこのブログの記事との関係から、レーダーマン氏の哲学的立場について簡単に触れておくことといたします。

まず、同書がこれまで読みました書物と異なります点は、何が実在で何が実在でないかなどということについては一切議論いたしません。また、何が事実で何が事実でないかも議論しないのですね。

では、実在なり事実についてレーダーマン氏がどのように考えているか、といいますと、これは私の推測ではあるのですが、全ては仮説であること、しかし、学会で広く認められた仮説は事実であると考えてよいということ、粒子が実在するという仮説が広く認められているなら、その粒子は実在すると見做してよい、ということであるように思われます。

これは、ある意味当たり前の立場ではあるのですが、全ては仮説であってレーダーマン氏の精神内部の存在であり、かつレーダーマン氏が理解するところの学術社会に属する多くの学者が認めていると、レーダーマン氏が理解している仮説であるということもまた否定できない事実なのですね。

つまりは、ここでの実在なり事実なりは、人と関わりなく自然界そのものにおける事実なのではなく、自然界における事実であると人間精神が認識したという意味での自然界における事実であるわけです。さらにややこしいことには、その自然界における事実とは、人とかかわりなく自然界そのものに備わった事実であると、人が考え、自らの精神内部に構築した世界に保持された事実です。

だから、誰かがその事実はどこにあるかとレーダーマン氏に問えば、それは自然界にあると答えるのでしょうが、その自然界自体がレーダーマン氏の精神内部に構築された自然界である、というややこしい状況になっております。

だから、カントの主張は正しいのですが、これをいっても始まらない。レーダーマン氏の精神内部に構築された自然界が、学術社会内部でのコミュニケーションの結果、多くの物理学者に共有されているならば、その精神内部の自然界は普遍性を持つ自然界であって、その上に幾多の物理理論を構築することも有意義なことではあるわけです。

レーダーマン氏にとって幸運なことは、素粒子のふるまいに関わる研究分野では、カントの主張など無視したところで何の問題も生じないということなのでしょう。カントの哲学が物理学において問題となるのは、観測問題を扱う際と、相対論における観測者の問題を扱う際、つまりは観測者が物理理論に関わる局面で、哲学的議論が避けられない一方、観測者が登場しない局面では、哲学的考察などする必要はない、ということなのでしょう。

もちろん、この行き方は悪くはありません。物理学者が必要もないのに哲学を振り回す必要は全くないのですね。素粒子のふるまいを論じる限り、哲学の出る幕はありません。観測問題を論じる際には、カントの主張にも耳を傾ける必要があるとは思いますが、同書の範囲に関する限り、ここまでは踏み込んでいない、というわけです。


さて、同書の内容に関して全くご紹介しないのもどうかと思いますので、以下、同書の内容につきまして簡単にご紹介いたしましょう。

第1章 宇宙の始まりを探る旅

この章では、CERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)をめぐる話題を扱います。欧州がこの計画を進める一方で、米国はSSC(超電導超大型加速器)の計画を中断するのですね。米国をしり目にCERNはウィークボソンを発見します。LHCはその後大爆発を起こすのですが、この困難を克服し、同書のテーマでありますヒッグス粒子発見に向けて研究を進めることとなります。

この中で、経済の成長には科学技術への投資が重要である旨が語られます。今日の世界へのCERNの貢献は、量子力学分野だけではないのですね。実に、今日世界中で使われておりますウェブの発展に大きく貢献したのがCERNでした。ここで開発されたMosaic、すなわちウェブブラウザが、世界にインターネットを普及させる大きな要因となりました。

第2章 その時、ニュートン物理学は崩れた

この短い章では、量子力学の発展が紹介されます。

第3章 世界は右巻きか左巻きか

ヒッグス粒子が質量を作り出すメカニズムには、カイラリティ(進行方向に対してスピンが右巻か、左巻きか)が大きな役割を果たすのですが、この章ではこの重要な概念でありますスピンについて解説がなされます。

そして、パリティ対称性の破れ、すなわち、鏡に映した時に同じ物理法則が成り立たなくなる現象が弱い力が関与するプロセスで強く生じているとの報に接したレーダーマン氏は、これを実証する巧妙な実験を思いつき、たまたまこのための準備がほとんど彼の元に出来上がっていたとの幸運にも助けられてこれを成功させます。

このあたりは、実験物理学者の最も幸運な瞬間でしょう。この実験に、同書はかなりのページ数を割いているのですが、実はレーダーマン氏の実績は、これ以外にも多々あるのですね。

さて、ここまでは準備ということで、次章から質量が生まれるメカニズムについて議論は進みます。この部分のご紹介は、私にはまだ消化不良の部分が多々ありますので、今回は章立てだけのご紹介としておきます。

第4章 相対性理論の 合法的な抜け道
第5章 初めに質量あれ
第6章 何もないところになぜ何かが生まれたのか?
第7章 星が生まれた痕跡
第8章 加速器は語る
第9章 ヒッグス粒子を超えて


スピンに関する議論の続きはこちらで行っております。また、同書の後半はこちらでご紹介しています。