ウォズニアック

新幹線の中に「はたらいて、笑おう。」というポスターが貼ってありました。これ、以前からあった記憶があるのですが、たまたま席が近かったもので、Wozというサインが書かれているのが目に留まりました。

この方、アップルをつくったあの伝説の人物じゃなかろうか、と帰宅後ネットを検索したらこの広告の顛末を書いた記事を見つけました。

なぜかこの記事中にはアップルのアの字も書いてないのですが、なぜでしょうね。商業的な記事中に商標登録されている言葉を記すことが憚られたのでしょうか? ウォズを紹介するに、アップルと書かないのもおかしな話であるような気がするのですが。

これがそのウォズであるとの確信が持てたのは、帰宅後だったのですが、顔の雰囲気が昔見かけたのウォズの写真によく似ていたことから、きっとそうに違いないと思い、新幹線の座席に座って、マイコンピュータの出初めのころのことをいろいろと考えておりました。

まあ、今にして思えばよい時代でした。

当時は8 bitマイクロプロセッサ全盛の時代。インテルの80系とモトローラの68系が覇を争うその時代に、アップルは6502というマイナーなCPUを用いておりました。もちろん6502は、アップルに採用され(そしてアップルが成功をおさめ)たことで一躍有名になったのですが、それまではさほど有名なデバイスではなかったのですね。でも、特性は良かった。

まあ、80系でも、インテルのデバイスではないZ80を好む人が多かった(こちらは有名なデバイスです)のと似たような背景があったのでしょう。

で、我が国も6502は無縁ではない。なんと、任天堂のファミリーコンピュータが6502を採用いたしました。

この話を聞いた時、さては、などと考えてしまったものです。つまり、任天堂にアップルオタクがいて、この人たちを中心にファミコンの開発がおこなわれたのではないか、などとひらめいたのですね。

まあ、このあたりは闇の中でして、実際にそうであったとしても任天堂関係者が認めるわけにもいきません。何分、アップルのOSは、公開こそされてはいなかったのですが、マニアによる内部の解析結果は広く知られており、それをマスターした人たちが独自製品を開発したり致しますと、著作権の問題が発生しかねない。

今日では、情報伝達を制限した「クリーンルーム」などという形でコピーを疑われかねない製品開発がおこなわれたりするのですが、当時はそのような考え方は皆無。それどころか、ソフトウエアの著作権も、技術者の多くはそうそう厳格に考えてもおりませんでした。

じつは、ソフトウエアの著作権を声高に主張してブーイングを受けていたのが、後にマイクロソフトを起こしますビルゲーツ氏で、ベーシックインタプリタ―の勝手な複製に異を唱えたりしておりました。

これは、当時のマイコンコミュニティでは、少々変わった考え方ではあったのですが、これが一般社会では普通の考え方であって、それを通したからマイクロソフトがあのような成功を収めた、ということなのでしょう。

ちなみにちょっと遅れた私が当時扱っておりましたのは、「究極の8 bitマイコン」などと言われておりました6809。モトローラ純正のデバイスで、命令体系が美しい。でもその代わり、特性はあまり良いとは言えない。はっきり言ってZ80には全然負けておりました。

でも、ソフト開発の経験から、ハードの特性よりも、内部の構成が重要であるとの信念がありまして、ソフトを組む時には、内部構成がシンプルなのが良い。なにぶん当時はコンパイラなどつかえず、ハンドアッセンブルした16進の機械語でプログラムを組んでおりましたから、ソフトの組みやすさが最優先課題でしたので。

とはいえ、「究極の8 bitマイコン」という言葉には裏がありまして、6809の登場した直後が8 bit CPUから16 bit CPUに切り替わる時代でした。まあ、16 bit CPUは、ハードウエアもそれなりに複雑になりますから、6809にはそれなりの意味もあったのですが、事実その後は私的にもNECの9801へとシフトしていく時代となりました。

もうひとつ面白かったのが、6809という数字の並びをローテートした8096というシングルチップコンピュータを後にインテルが出したこと。8096ですから当然80系だと思われるかもしれませんが、その命令体系は、モトローラ風のシンプルな形をしておりました。このデバイスを用いていろいろな機器の開発をしたものですが、68系に慣れた私にも使いやすいデバイスではありました。

ウォズの写真を見ながらつらつらと昔を思うに、今にして振り返れば、面白い時代を生きたものです。マイクロプロセッサの登場した時期に技術者として立ち会えたこと、インターネットが正に普及せんとした時期にネットに係われたことは、相当に幸運なことであったといえるでしょう。そして、これらが大産業に発展する以前に、これらを面白い技術と注目できたことにかんしては、多少誇らしい感じも致します。

まあ、注目したならなぜビジネスとして取り組まなかったか、と責められたら二の句も継げないのですが、技術を見る目はある、という点では多少の自信をもっても良いかな、と感じております。

と、いうわけで、現在Signal Process Logicで取り組んでおりますテーマも、ひょっとすると筋の良い技術かもしれない、と私の田んぼに水を引っ張っておきましょう。

まあ、情報技術の分野に関わって面白い時代を生きさせていただきましたので、この業界に何らかのお礼ができればよいかな、というのも偽らざる気持ちなのですねどね。