自分に来たメールといえども勝手に公開してはダメ!

最近のChikirin日記は、彼女に来たメールを公開しておられます。

これはまずかろう、とBlogosに転載された記事にコメントを付けておきました。これにつきまして、簡単に解説しておきます。

電子メールは著作物

まず、メールの著作物性に関しては、こちらのページに記載されております。基本的に、電子メールは著作物であり、判例も一つ出ている、ということです。

どうでもよいことかもしれませんけど、上にリンクを貼りましたページの作者の方は、スライムパンク防止剤という欠陥商品の被害を防止するプロジェクトというのをやっておられ、その中で、この製品の販売店からのメールを公開するかどうかを判断するためにメールの著作物性を調べられた、とのこと。その結果は覚書のページに公開されています。

電子メールを公開してよい場合

前記「覚書のページ」の最後の方に、電子メールは著作物であるにもかかわらず、送信者に無断で公開しても良い条件が書かれています。これは、以下の通りです。

・真実であること
・公共性があること
・公益目的であること
・手段が妥当であること

これは、公益通報者保護法の規定によるというのですが、公益通報者保護法は、企業などの内部告発に際して、告発者の身分を守るための法律であり、一般的な電子メールの公開にもこの規定が援用されるのかは定かではありません。

そういえば、私も以前、他人から来たメールを勝手に公開したことがあります。

これ、どこからどう見てもフィッシング詐欺のメールなのですね。

まあ、一部に中国語が混ざっていることをあげつらった、差出人の名誉を大いに損ねる公開のしかたなのですが、訴えるなら訴えるがよい、というのがその時の私の気持ちで、訴えてくれればフィッシングの犯人がばれてしまうわけですから、まさか訴えられることもあるまい、と判断してのことでした。

このケースでは、訴えられても私の責任が問われることは恐らくなかったはずで、この4条件は電子メールの公開にも実質的に有効であるのかもしれません。

Chikirinさんの場合は、どうでしょうか? 真実ではあるのでしょうが、公共性・公益性に乏しいし、送信者の許可を得る努力をしたようにもみえませんので手段も妥当であるようには思えません。

フィッシングメールなら、犯罪とその被害を未然に防ぐという意味で公共性・公益性はばっちりですし、フィッシングメールの送り主など簡単には割り出せませんから、いきなり公開することも妥当であるというしかありません。

第一、目の前で犯罪がおこなわれようとしているとき、これを防ぐためであれば、犯罪者の著作権を侵害することが許されてしかるべきことは、当然に過ぎるでしょう。

そもそも著作物とは

著作物に関わる権利は著作権法に定められており、何が著作物であるかは第十条で以下のように例示されています。

第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。

一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
二 音楽の著作物
三 舞踊又は無言劇の著作物
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五 建築の著作物
六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
七 映画の著作物
八 写真の著作物
九 プログラムの著作物

これは、この9種類のみが著作物であるというわけではなく、「例示すると、おおむね」という、恐ろしく腰の引けた表現で、あくまで例を表示したものであることを示しています。

著作物の定義につきましては、第二条第一項に以下のように規定されています。

著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

これもはなはだあいまいではあるのですが、要は「創作的に表現したもの」が著作物ということになり、芸術性の高さなどは要求されません。

つまり、私の書いたブログも、多少なりとも私の創作性(オリジナリティ)が含まれておりますので、言語の著作物であり、文芸ないしは学術の範囲に属するものということになります。

メールはさしあたり言語の著作物ということになるのですが、事実の伝達に過ぎないものは著作物であるとはいえず、請求書や督促状などは、事実の伝達であって「創作的に表現したもの」でなければ、著作物ではないと考えられます。

Chikirinさんに来たメールは、事実の伝達も含まれてはいますけど、それ以外に送り主の考えたことが種々含まれていますから、これは言語の著作物と判断するしかなさそうです。

メールを著作物とした判例

このエントリーの最初に、メールを著作物とする判例が一つ出ていると書きましたが、この主要部分について、以下ご説明いたします。

この事件は、宗教団体「ワールドメイト」の親睦団体「関東エンゼル会」の議長である馬場氏(原告)が関東エンゼル会の会員らに送信した電子メールを、馬場氏に無断でイー・アクセスが提供するインターネット上のウェブサイトに公開する者が現れたことを受け、馬場氏がイー・アクセスを相手取って、公開した者の住所氏名を明らかにせよと訴えたものです。

このメールが著作物であるなら、その無断公開は許されるものではないのですね。

この判決の中で裁判官は、当該メールの著作物性を認め、次のように述べています。

第3 当裁判所の判断

1 争点1(本件メールが著作物であるか否か)について

本件メール本文の内容は,別紙対照表の「本件メールの内容」欄に記載のとおり(ただし,下線を除く。)であり,「「人形形代」を書きまくりましょう!」,「やっと「人形ムード」になった方も多いのではないでしょうか?」,「B先生が「伊勢神業」のお取次をしてくださるまでの貴重なこの時間は,私たちに「人形形代」をもっともっと書かせて頂くための時間ではないでしょうか?」などの個性的な表現を含み,十数文からなる文章であって,誰が作成しても同様の表現になるものとはいえないから,本件メールは,言語の著作物に該当すると認められる。

被告は,本件メールの表現内容は,事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に当たると主張するが,本件メールは,個性的な表現を含むのであって,事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に当たるということはできない。被告の上記主張は,採用することができない。

著作権法第二条第一項は、著作物の定義として「思想又は感情を創作的に表現したもの」と「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」の二つを要求しているのですが、この「文芸」には芸術性の高さを要求せず、ただ個性的表現であること(創作性)のみを要求していると考えられています。

これが上の裁判官の判断にも反映されており、「誰が作成しても同様の表現になるものとはいえない」ことをもって本件メールを言語の著作物と認定しています。

結局のところ、著作物ではないメールとは、結婚式の招待状や会葬御礼などの定型的な文章や、請求書や督促状などの機械的に処理されるような文書に限定され、送信者が知恵を絞って文章を考えて作成したメールは、文学・芸術としてのレベルの高低を問わず全て「文芸」、すなわち言語の著作物であると考えておくのが妥当です。

その後の動き

この裁判に関しては、こちらのページでも扱われています。こちらには、問題のメールの原文と無断公開文との対照表が掲載されています。これから、いくつかの文言は削除されていますが、大部分は同じであることが読み取れます。

また、この判決を受けて、プロバイダは、発信者情報を原告に開示したとのこと。

実は、今回の原告であります宗教団体「ワールドメイト」は、いろいろと批判のある新興宗教で、これに批判的な書き込みをつづけていた人の個人情報がこの宗教団体に知られることは、少々気持ちの悪いことでもあります。

法的に問題のない書き込みをしておれば、プロバイダも、発信者の正体を第三者に教えることはないはずなのですが、法律的に問題のある行為をしてしまうと、この防波堤は簡単に壊されてしまいます。

ネットで発信する際には、法律的な問題を起こさぬよう、注意するに越したことはありません。

著作権は、侵害しがちな権利であり、法もかなりややこしい規定となっておりますので、他人の著作物を利用する際には、他の方の利用のあり方を見習うなり、著作権に詳しい人の意見を聴くなどの対応を心がけるのが良いと思います。

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