なぜ人を殺してはいけないのか

少年のこの問いかけに、言葉に詰まった人がいたと、以前話題になったことがあります。今日は、この問題をちょっと考えてみましょう。

そもそも、良いとか悪いとかいうのは一体どういうことでしょうか? 良いとか、悪いとかを決めるのは誰でしょうか?

昨日までの私の日記を読んでいれば、答えは簡単に出ますよね。つまり、それが社会の常識、文化の一部だということです。

たいていの社会には、その社会固有の約束事があります。仲間社会であれば、チクリご法度といった秘密の掟があるかも知れません。先輩には挨拶しなけりゃいけないとか、職場に来る時はネクタイを締めていなくちゃいけないとか、まあ、ありとあらゆる社会に、それぞれ独特の約束事があります。

約束事は、たいていは、何らかの合意の元に形成され、その社会のメンバーに支持されることによって存在し続けます。

勿論、ワンマン社長の鶴の一声で決まった約束事だってあるでしょうけど、「しかたねえ」とか言ってそれを受け入れる人達がいるから、その約束事は効力を発揮するんですねえ。

社会には、小は仲間社会から大は国家、人類まで、様々な規模のものがあります。

小さな社会の約束事は、「なんとなく」できて、「なんとなく」伝えられます。でも、社会が大きくなるとそれではうまくいきません。きっと「そんな話は聞いていねえ」とか言い出す人が出てくるでしょう。だから、約束事は明文化され、それを決める手続も定められます。法律とか、条例とか、会則等々がそういったものですね。

社会は重なり合って存在し、人は、いくつもの社会に同時に所属します。ある人は、特定の仲間集団のメンバーであると同時に、サークルのメンバーであり、インターネット掲示板の常連で、地域の付き合いもあり、学校か会社に所属して、市民で、県民で、国民で、人類の一員であるというわけです。そして、人は、自らが所属する全ての社会の約束事を守るよう、求められるのです。

そういうわけで、「なぜ人を殺してはいけないか」という問いかけに、「法律がそう定めているから」と答えるのは、間違ってはいません。だけど、私がその答えを聞いたら「それだけ?」と聞き返すでしょう。

人が属する社会のうち、国家というレベルで殺人を否定しています。これだけでも、「人を殺してはいけない」というには充分な事実です。しかし、その他の社会でも、たいていは、メンバーの権利を尊重するような約束事があるんですね。仲間社会にしたところで、仲間のものを取ってはいけないといった、暗黙のルールがあるでしょう。法律というものは、全てが上から押し付けられたものというわけではありません。むしろ法の原則は、その国の人の大多数が悪と考える行為を禁止するものなのです。

というわけで、表題の問いに対する答えは「みんながそう思っているから」がベストだと、私は思うんですが、どうでしょうかね ……