神も仏も、、、

東北新幹線の座席の前に、トランヴェールという雑誌が置いてあるんですけど、この特集、なかなか読み応えがあります。今月の特集は会津の仏教。あれま、会津、仏教が盛んだったんですね。

で、この中に、仏様の解説が出ています。それによると、如来、菩薩、等々、いわゆる仏様は、みんな人、修行を積んで、涅槃の境地に達したり、その手前の人たちなんですね。で、仏教に出てくる神様は、何々天という、仏様を助ける役、仏様に比べて一段と低い位置付けなんですね。ははあ、お寺で私が拝んでいたのは、実は、人だったんですね。そういえば、刑事ドラマに出てくる刑事、殺人事件の被害者を「ホトケさん」とか言ってたな。なるほど、人は死ねば仏になる。修行を積んだ人は、それなりの尊称が付くって訳ですね。

ところで、人を拝むのは、仏教だけではない。東郷神社とか乃木神社なんてのがありますね。かの大日本帝国には、恐れ多くも、現人神、もおわしました。

もちろん、神社に祭られる神様、古来の神様も多いのですが、日本の神話、フィクションかどうかはおくとして、登場する神々、ほとんど人間と変わらないんですね。天孫降臨、なんてこともありまして、人と神は血も繋がっている。

じゃ、キリスト教は、といえば、これも人を崇める要素がある。まあ、キリスト本人は、三位一体論により、神と一体とされてますけど、それ以外の聖人達、なんか、菩薩に似てますよね。

以前の日記でもご紹介しましたが、サンピエトロ寺院はペテロの墓の上に作られているんですね。その他にも、殉教した弟子にちなむ教会も見学しました。聖人、福者、なんか、如来、菩薩、みたいですねえ。仏教も、キリスト教も、さして変わりはないですねえ。

イスラムは、といえば偶像崇拝禁止の宗教、だけど、モハメッドをはじめとする「預言者」を尊敬します。

結局のところ、宗教は、大筋で変わらない。なぜかというと、人は、そうそう、違うものではないから。もちろん、その裏に、全ての宗教の源である、唯一の神がおわします、と考えても良いですよ。

宗教間の差は微々たるもの。そのどちらが正しいのか、有限の脳細胞しか持たない、不完全な人間に、断言できるものでしょうか。

そんな違いを理由に、人を大勢殺すことが、果たして許されるものなのでしょうか。

ま、ブッシュの動機は、もちろん神の為ではないのはミエミエ。それは単なる口実で、実は、石油を押さえたかったんでしょうね。石油企業に迎合して、次の選挙で勝ちたかったと。結局は自分のお金の為。

そのために、幾多の人を殺した。こんな行為が許されるはずはありません。日本は、さっさと、ブッシュと手を切らなければいけません。殺人者ブッシュと手を切れ!それが、いかに困難な道であろうとも。

日本という国、日本の文化、実は、大きな可能性を秘めているんですね。あらゆるものを吸収するのが日本文化の特徴と言われています。米国が強くなったのも、あらゆる人を受け入れたから。でも、その何百年も前から、日本の文化はそれをやってきた。この伝統、絶やしたくないと、思いませんか?

あ、また、話が脱線してしまいました。双方の続きを、この先、じっくり議論しましょうね。