ハイゼンベルグ「部分と全体」を読む

量子力学の巨匠ハイゼンベルクによります哲学的自叙伝「部分と全体」を、本日は読むことにいたしましょう。

1. 不確定性原理の発見

同書は、1919年から1965年にいたる量子力学を取り巻く状況をハイゼンベルク自らが回顧した貴重な資料でして、きらぼしのごとき物理学の大家たちとの交流も興味深いものです。

ハイゼンベルクは、ゾンマーフェルトを師としてパウリとともに学び、ボーアと議論します。そして、ベルリン大学を訪れ、プランクアインシュタインラウエネルンストらの懇話会に参加します。

この中で、アインシュタインの私邸での哲学的議論は、注目に値します。

アインシュタイン:原子の中に電子があるということを、あなたは仮定しましたね。そしてその点ではあなたはきっと正しいのでしょう。しかしとにかく霧箱の中では、電子の軌道を直接的に見ることができはしますが、原子の中での電子の軌道を、あなたは完全にしめ出してしまいたいのですね。この奇妙な仮定に対する理由を、もう少し正確に私に説明してくれませんか?
ハイゼンベルク:原子の中の電子の軌道は観測できません。しかし一つの原子から放電現象の際に放出される輻射から、振動数と原子内の電子のそれに属する振幅とを直ちに結論することができます。振動数と振幅の全体についての知識は今までの物理学においても、電子軌道の知識の代用品のようなものです。観測され得る量だけを、理論の中に取り上げることがやはり理にかなっているので、この全体だけを、いわば電子軌道の代表として導入することが自然であると私には思えます。

ここで、ハイゼンベルクは、「観測され得る」ことが物理理論の範囲に入るための条件であることを語っており、このブログで私が科学の基本原理とすべきと主張しております「知り得ないことは語り得ない」という原則を、ハイゼンベルクが意識していたことをうかがわせます。

ハイゼンベルクのアインシュタインとのこの対話は、ハイゼンベルクの最大の発見であります「不確定性原理」を生み出すきっかけになったことが127ページで語られます。

確かにわれわれは、いつでも霧箱の中における電子の軌道は観測することができる、と軽々しく言ってきた。しかしひょっとすると、人が本当に観測するものはもっとわずかなことであるのかもしれない。おそらく、不正確に決められた電子の位置のとびとびの列だけを認め得るのかもしれない。事実、箱の中の個々の水滴だけを人は見ているのであり、それは確かに一つの電子よりはるかに広がったものである。だから正しい設問は次のようなものに違いない。量子力学において次のような状態を表現することができるのか? その状態では、一つの電子が、ある程度の不正確さでもって、ある一つの与えられた場所に存在し、また同時に、再びある程度の不正確さでもって、与えられた速度の値をもち、そしてこの不正確さの程度を、実験との間に困難をきたさないように、できるだけ小さくすることができるか? と。そのような状態を、数学的に表現することができて、そして不正確さについては、後に量子力学の不確定性関係と名づけられた、あの関係が成り立つことを、研究所へ帰ってからのちょっとした計算が証明したのであった。

もちろんこれこそが、ハイゼンベルクの大発見、「不確定性原理」が生まれたいきさつなのですね。このようなことは、当時あちらこちらで生じていたのでしょう。この挿話は、20世紀初頭に量子力学が飛躍的に発展した背景に、研究者相互の活発な議論があったことをうかがわせる話です。

2. アインシュタイン v.s. 量子論

アインシュタインと量子力学の対立は、1927年のソルベー会議で燃え上がります。ここで、アインシュタインは次々に量子力学がもたらすパラドックスを提出し、ボーアがこれにたいして説明を加える、という形の議論が繰り返されます。ハイゼンベルクはこれを次のように総括いたします。

あの外界で、空間と時間の中で、われわれとは無関係に確固とした法則に従って進行する物理的過程のあの客観的世界を研究することを、アインシュタインは彼の畢竟の仕事としたのであった。彼によれば、理論物理学の数学的記号がこの客観的世界を描写すべきであり、それによって世界の将来の振る舞いについての予測が可能になる、というものであった。原子にまで下りて行くと、空間と時間の中のそのような客観的な世界は全く存在せず、理論物理学の数学的記号は、実在のものではなく可能なものだけを描写するということが、今や主張されているのだった。アインシュタインは、―彼がそう感じたように―足元の大地を取り払われることを承認できなかった。後になって、量子論がすでに久しく物理学の確定した構成部分になってしまってからでも、アインシュタインは生涯彼の立場を変えることができなかった。彼は量子論を過渡的なものとしては認めても、原子的現象の終局的な説明としては、認めようとしなかった。「神はサイコロを振り給わず」、それがアインシュタインにとってはゆるがすことのできない根本原則で、彼は何人たりとも、それをおびやかすことを許さなかった。ボーアはそれに対してただ次のように答えるしかなかった。「しかし神がいかに世界を支配されるべきかを指図することは、われわれの課題ではありません。」

上の文章に、アインシュタインと量子論の対立の全てが語られているように思います。で、量子論を認め、アインシュタインの主張を否定する以上、上の引用部に私が赤く示しました部分、すなわち、物理学とは、「われわれとは無関係に確固とした法則に従って進行する物理的過程のあの客観的世界を研究すること」ではない、「理論物理学の数学的記号は、実在のものではなく可能なものだけを描写する」ものである、ということを認めざるを得ないでしょう。

もっとも、以前のこのブログでご紹介いたしましたポパーによりますと、この確率的解釈も、現実の物理過程が持つ実在の性質、すなわち「傾向性」であるということで、「実在のものではなく可能なものだけを描写する」というのも、少々いいすぎであるように、私には思われます。

3. 可能なものだけを描写する物理学

ここで一つ問題になりますのは、物理学が対象とするのは実在の世界である(アインシュタインの主張)のに対し、量子論は「実在のものではなく可能なものだけを描写する」とハイゼンベルクが書いていることです。これは、「実在」とは何かという、実在の定義の部分が問題になると考えられます。

一般的な実在の定義は、確かに「人と無関係に存在する客観的世界」ということになっております。そして、原子の殻を構成する電子は理論的に記述されたものであり、物理学の理論が描写する世界ではあります。

しかし、そんなことを言いますと、およそ世界のあらゆるものは、人が認識してはじめてその実在が確認されるものであって、「XXが実在する」と言ったそのときから、実在は人と無縁の存在であるとは言えません。

「実在」が人と無縁である、という要件は、人が意識するかしないかに関わらず存在し続ける、という意味であって、その実在を確認するには、人による認識が必要であること、電子のような存在であろうと、りんごのような目に見える物体であろうと、事情に変わりはない、と思うのですね。

ですから、量子力学が実在を相手にしている、ということまでは、否定する必要はないものと、私は考えます。

4. 実在とは

ちなみに私の定義によりますと、「実在とは、人とかかわりなく存在するものであって、人が概念を見出す原因として機能し、人はそこに見出された概念を実在するものであると理解する」というものです。

具体的に説明しますと、「りんご」を前に、人は「りんご」という概念を見出すのですが、その概念は人間精神の内なるものであって、眼前に実在しているのは「人がりんごという概念を見出す原因」であり、その原因自体が人とかかわりなく存在しているのだ、ということなのですね。ただ、「りんごという概念を見出す原因」を人は「りんご」と呼んでおり、そういう意味では、「りんごが実在する」という言い方も正しい、ということになります。

電子や光子に関しても、物理学が誕生する前から、すなわち「電子や光子という概念」が誕生する以前から、「人がそのような概念を後に見出すことになる原因」自体は存在していたと考えられます。もちろんこれは後講釈ではあるのですが、電子がなければ、人間を含む生物も存在し得ないのですね。

で、物理学が発展し、量子力学が進歩いたしますと、波動関数などという概念を人が持つに至ります。しかしこの概念は、単に人の頭の中だけで考えられたものではなく、外界の現象の上に、そのような概念が形成されているのですね。つまり、そのような概念を人が持つ原因は、人の存在とかかわりなく実在する、といえるわけです。

まあ、このような考え方は、通常の「科学的実在論」や「自然主義」とは多少異なるかも知れません。そうでありますなら、新たなる実在の定義を提案するだけの話です。学問を固定的に考える必要は、全くない、と私は思う次第です。

ま、それが受け入れられるかどうか、は別の話、なのですが、、、

5. ナチスの元で

さて、ここまでのお話は前半部分でして、この後、ドイツはナチズムの支配下となり、ドイツにとどまりましたハイゼンベルクは、いやもおうもなく第二次世界大戦に巻き込まれてまいります。そして、原子爆弾の研究が一つのテーマとして浮上してまいります。

ハイゼンベルグらは、核エネルギーを兵器として使用することに否定的であり、その実現が不可能であろうとの読みの元に、ナチスによる原子力開発プロジェクトに参加いたします。一方で、米国が日本に核爆弾を投下したことに大きなショックを受けます。このあたりは、哲学、形而上学に慣れ親しんでおりますヨーロッパの文化と、形而上学を切り捨てたプラグマティズムの支配する米国との、文化的差が現れているように、私には思われます。

最後の部分で、再び話題は哲学に戻ります。ただ、プラトン哲学によります自然の理解は、少々的を外しているように思われまして、同書の主要な価値は、前半部分にあるのではないか、との感想を私は抱いた次第です。

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