ヤーキス・ドットソンの法則と組織の効率化

1. ヤーキス・ドットソン則

事故に際して、人は時に考えられないような行為に及びます。たとえば、アクアラングをつけて潜水した際、問題が発生したらまず錘を捨てよ、との常識があるのですが、いざ空気が出なくなりますと慌ててしまって錘を捨てることを忘れてしまう、その結果おぼれてしまった、などという事例がみられるのですね。

このような事故に際しての人間心理を説明する心理学の法則に、「ヤーキス・ドットソン則」というものがあります。

これは、人間の行動能力と覚醒度との関係を示すもので、覚醒度が低い状態、つまりぼんやりとしているときは、人の行動能力は低く、覚醒度が上がるにしたがって行動能力は上がっていくのですが、ある程度以上覚醒度が上がると行動能力は逆に低下する、という法則です。

先にあげました例では、緊急事態に直面して、人は覚醒度合いを高めるのですが、覚醒度が高すぎてしまうと、逆に行動能力が低下してしまう。通常なら正しく行えるような動作も満足に行えなくなってしまう、というわけです。

このような状況でも人が正しく行動できるようにするためには、訓練により、反射的に行動できるようにすること、通常時にも緊急の際にどうすればよいかを考えておく、イメージトレーニングを行うことなどが効果的である、ということが知られています。

車を運転する際も、事故が起こりそうになると慌ててしまい、正しい操作ができないことがあるのですが、運転中に常々、脇道から車が飛び出して来たらどうするか、などということを考えておりますと、いざ実際にそのような事態が発生した際にも正しい行動がとれる、というものです。

似たような話といたしまして、高速走行時のドライバーの視野が狭くなる、ということがあります。もちろん高速ですから、前方の光景は変化が激しく、精神はこれに集中する必要があり、周囲が見えなくなってしまうのは妥当である、ともいえるでしょう。

車の運転であれば、危険はたいていの場合、前方から現れますので、前方を集中してみていれば良いのですが、一般的にはそうは行きません。通常の作業では、さまざまな要素を同時に判断しなければならず、ある一点に神経が集中してしまうと、より重要な点を見落としてしまいます。

2. 効率化の罠

何でこんな話を持ち出したか、といいますと、最近のわが国では、競争原理の導入ということで、企業間の競争が激しくなっており、企業内部におきましても成果主義が多くの企業に導入されています。

とにかく成果を出せというなら、最も簡単な対応は、尻をたたくこと、とにかく頑張ることなのでして、確かにあまりに非効率な組織においてはこのようないき方も正解なのでしょうが、それが行き過ぎると逆に社員の行動能力を低下させてしまうのですね。

このような状況となりますと、ポカミス、すなわち考えられないようなミスが発生することになります。で、その対処といたしまして、社員に対して「もっと注意せよ」とか「緊張感が足りない」と言いたくなるのはごもっともなのですが、覚醒度が高すぎて問題が発生している場合は、このような対処は逆効果となります。

覚醒度が高すぎて行動能力が低下している場合の正しい対処は、リラックスさせること。たるんでいるが故の行動能力低下の場合とは、正反対の処置が必要となります。組織の管理者は、自らが管理する人々がどのような状態にあるかを正しく判定して対処しなければなりません。

そういう意味では、ヤーキス・ドットソン則を知らない者には組織の管理者たる資格はない、ともいえるでしょう。

3. 安定した企業活動を維持するために

同様な問題は企業などの組織体そのものでも発生しうる問題であり、あまりに効率を追及しすぎた組織は組織自体がポカミスをしでかす、ということもありえるのではないか、と最近私は考えております。こちらは、経営陣が意識すべき課題であるとも思うのですね。

昨今の経済に多大な悪影響を与えておりますサブプライムローンの問題にしましても、米国の住宅価格が上がり続けるという前提の元に、信用力の低い個人に利払い繰り延べで資金を貸し付けており、よく考えてみれば、いずれは破綻することは十分にありえる話。まあ、そういったことはわが国のバブルの崩壊でも経験済みであったのですね。

しかし、資金運用の効率化を追及すれば、金利が高い金融商品は魅力的。格付け会社の甘い格付けもあって、多くの銀行がサブプライムローン組み込みファンドを購入してしまったのですね。リスクの管理は資金運用の定石。この部分がなぜか忘れられてしまった背景には、行き過ぎた効率の追求があったかもしれない、と思っている次第です。

新興企業が最近ぱっとしないのも、ひょっとすると効率化を追及し過ぎたが故の不振ではなかろうか、という気もいたします。なにぶん、鳴り物入りで新規上場した新興企業の多くが、経営者の独特の精神力に依存しており、その多くが極端に効率化を追求したものであったのですね。

もちろん役所のような、非効率が温存される組織は論外なのですが、緊張の度合いもほどほどにすることが肝要ではないでしょうか。安定した企業活動を維持するためには、直接利益に結びつく分野以外の面にも、常に目配り、気配りが必要なのではなかろうか、と思う次第です。

個人的には、組織の話はおいておくことといたしましても、まず個人の資産運用から、あまり目一杯の利を追求するなどという愚は冒さないようにしたいと自戒しております。

というわけで、たまには(って毎日だけど)お酒を飲んでアニメを見る、こうした、自らをリラックスさせる習慣が肝要である、といいたいわけです。(我田引水、自己正当化、といわれそうですが、、、)