ディラックの「一般相対性理論」を読む

以前のブログで、パウリの「相対性理論(上)(下)」を読みまして、時間が虚数的に振舞う、とのミンコフスキーの記述がそこに示されていることをご紹介いたしました。

時間が虚数的に振舞うといたしますと、特殊相対性理論の記述がシンプルになり、4元時空が把握しやすい、という利点があるのですが、最近の物理の書物には、ミンコフスキー流の扱いがあまりなされていないことに、私は疑問を抱いていたのですね。

時間が虚数的に振舞うとのミンコフスキー流の4元時空の解釈に触れない記述では、前にちょっと触れましたように、虚数的な時間の振舞いを演算規則に組み込んでおります。なるほどこうすれば確かにミンコフスキー流の扱いは影をひそめるのですが、では何ゆえにこのような演算規則が必要なのか、という理由がわかりにくいのが問題であるような気もいたします。

なにぶん、科学者というものは、いろいろなことに疑問をもつことが大事なのですが、このような天下り的な約束事をすんなり受け入れるのは、少々まずいような気がするのですね。

本日取り上げますディラックの書きました「一般相対性理論」は、非常に薄い本ですが、わかりやすい記述となっております。で、そこにはミンコフスキー流の扱いは出てまいりません。ちょっと気になりまして、パウリの相対性理論を取り出してみましたが、実は、パウリの相対性理論も結局は同じ形のテンソル表記をしております。と、いうことは、時間が虚数的に振舞う、という原理はパウリもディラック同様、テンソルの演算規則に組み込んでいる、というわけです。本日はそのあたりの仕掛けについて解説することといたしましょう。(2016.6.11追記:この記述は間違い。パウリはミンコフスキー流の虚数時間で扱っております。アインシュタインが一般相対性理論を導いたのも、ミンコフスキーの座標系を用いたとのことです。)

まず、テンソルについて簡単に述べておきますと、自然界の現象を表すのに数字の組が用いられることが多々あります。たとえば、この世界の中の一つの点の位置は、東西、南北、高さ、および時刻の4つの数値、すなわちx座標、y座標、z座標、時刻tで表されます。これを(x, y, z, t)などと書きましたものがベクトルという表現方法です。

ベクトルは、単に複数の数字を組み合わせた、という以上の意味がありまして、ベクトル自体が、座標系とは独立した長さと方向を持つものであると考えられます。

たとえば、地球から見た太陽の位置を考えますと、その方向と距離は一意に定まっており、何らかの基準点を定めてやれば、これとの距離は座標系によらず一定ですし、何らかの方向を基準に取れば、これとの角度関係も座標系によりません。

日本から見て東に太陽があるとき、ニューヨークから見れば西の方向に太陽が見えるはずで、東西、南北、上下に座標系を取りますと、それぞれの数字は異なっております。しかし、地球中心と太陽の距離は座標系によらない一定の値となりますし、方向につきましても、たとえば太陽の方向と月の方向の間の角度は座標系によらないある決まった値をとります。

これを哲学的に言えば、ベクトルは外界の実在それ自体の属性を示すものであるのに対し、座標系は人の意識の内部の存在であり、ベクトルを座標(数値)で表示するのは、人の精神的働きである、ということができます。

テンソルというのは、ベクトルの座標表示を簡単かつ高い自由度で表すためのもので、たとえば、ベクトルで表される位置(特定の点を原点とする直交座標系で表した位置(x, y, z, t))を、次のような約束事に従って表示したものをテンソルと呼びます。

t = x0, x = x1, y = x2, z = x3と書き、これらをまとめてxμと表記する。(この表現は、べき乗と紛らわしいのですが、これらの0, 1, 2, 3, μなどは、上付きの添え字です。)

t = x0, -x = x1, -y = x2, -z = x3と書き、これらをまとめてxμと表記する

a0 b0 + a1 b1 + a2 b2 + a3 b3をaμ bμと表記する。つまり、同じ添え字が現れたときは、これを0から3まで変えて計算したものを足し合わせるということを意味します。このような約束事をもうけることで、複雑な式を簡単に表示することが可能となります。

テンソルにはこれ以外に、表記の自由度があります。ベクトルは添え字1つのテンソルに対応するのですが、テンソルには添え字をいくつも付けることができます。これを利用すれば、ベクトルよりも複雑な概念も表示することができます。たとえば、電磁界では、電界と磁界を一つのテンソルで表すことができますし、材料中に働く力(応力)なども圧縮応力とせん断応力を一つのテンソルで表示するのが一般的です。

閑話休題。空間内の座標の回転であれば、原点(回転中心)からの距離は変化いたしません。互いに等速直線運動する系での座標変換は時間軸を含む時空座標の回転変換であるということを以前ご説明いたしましたが、時間軸を含む回転変換は時間が虚数的に振舞うとして扱う必要があります。

時間軸を含む4元時空では、原点からの距離は、√(x2 + y2 + z2 - t2)と計算されます。テンソルを用いてこれを表示いたしますと、√(xμ xμ)と表記されます。

さて、ここで虚数時間がどこに消えてしまったか、ということが見えてくると思います。つまり、ベクトルの座標をテンソルに変換するとき、上付き添字のテンソルにはそのまま、下付添字のテンソルには空間座標の符号を反転して変換していたのですね。この結果、これらを掛け算いたしますと、空間座標の積の符号にマイナスがつき、空間座標がすべて虚数であったことと同一の効果が生じます。

ミンコフスキーは時間を虚数とし、空間を実数として扱っておりますが、ディラック流のテンソル表示では時間が実数、空間が虚数となり、反対になるのですが、要は時間と空間で虚実の関係が逆転しておりさえすれば、いずれを実数とし、いずれを虚数としても数学的には同じことになります。

さて、上のように演算されます4元時空中の距離は、時間的に離れている場合は実数に、空間的に離れている場合は虚数になります。このことは、時間と空間では虚実が反転する関係にあることを意味しておりまして、テンソルの演算規則が虚数を覆い隠していようとも、この事実を完全に消し去ることはできません。

そうなりますと、次の問題は、テンソルの演算規則に虚数を覆い隠すための演算規則を設けず、時間の単位を含む数字を虚数として扱ったとき、どのような理論展開が可能か、という点が興味を引きます。少なくとも、テンソルの添え字を上下に分ける必要はなくなりそうでして、表記も演算規則も、さらに簡単になりそうです。

ただこれで、一般相対性理論を改めて書き下す、という事となりますと、少々私の手には余りそうです。まあ、この先しばらく、ディラックのこの書物を解読しまして、このようなことができるかどうか、少し検討してみたい、とは考えているのですが、、、どなたかトライしませんかねえ。


ちょっと訂正をしておきます。

テンソルの添字に上下がありますのは、ベクトルを座標で表す際に二通りのやり方があるからです。このあたりのことは、本ブログでも後日検討しております。(その2もお読みください。)

二種類のテンソルを用いる意味ですが、座標で表すためには、基準となるベクトル(X軸、Y軸などに相当、基底ベクトルと呼ぶ)を考えなくてはいけないのですが、このようなベクトルは人間が勝手に定めたものであって自然界には存在しません。一方、二種類のテンソル相互の積(スカラー積:内積に相当する積)を計算すると、基底ベクトルはキャンセルされ、結果には含まれません。つまり、このような数値は自然界そのものに関連する数値ということになります。

時間を虚数で表示しても、計算が楽になるという効果はあまり期待できません。でも、計算規則におかしなものを入れなくて済む、という効果はあるわけで、自然界の記述方法としては、こちらが優れていることに変わりはありません。


虚数時間の物理学、まとめはこちらです。