岡田斗司夫著「オタクはすでに死んでいる」を読む

本日は平日ですが、連休中に読みました本の一つを簡単にご紹介しておきましょう。

ご紹介いたしますのは、ダイエット本で名を馳せました岡田斗司夫著「オタクはすでに死んでいる」です。

なんか、北斗の拳のセリフみたいな題名のこの本、もちろん、岡田氏はダイエットのというよりは、オタクの専門家でして、彼が注目したオタクはすでに死に絶えたのではなかろうか、というのが同書の趣旨です。

以下、同書の内容を私なりに噛み砕き、かつ私見を入れながらご紹介いたします。著者の主張を正しく読み取りたい方は、本の方をご参照ください。

まず、オタクという言葉が広く世に伝わりましたのが「M君事件」と呼ばれております連続幼女殺害事件でして、犯人のM君の部屋に、大量のアニメのビデオがありましたことから、アニメなどを見ている人間(=オタク)が「危ない人」の代名詞のように喧伝されました。

ところが、日本製アニメが世界中に熱狂的に受け入れられ、ジャパニーズクールが絶賛されるようになりますと、こういったものを愛好しておりましたオタクという人種は、ひょっとするとちょっと進んだ、格好の良い人達なのではないか、という風にオタクに対する評価が反転してしまいます。

で、岡田氏を筆頭といたしますオタク評論家が、オタクを定義し、オタクになるためにはどうすれば良いかという、ある種のマニュアルを世に提供し、これを読んだりテレビで観た多くの人々がオタクに憧れて秋葉を徘徊するようになったのですね。

オタクの格好は真似することが出来ましても、新しい価値を見出す力もなければ生み出す力もない人々は、人気のアニメに飛びつきフィギュアを購入してオタク気分を楽しんでいるわけで、もちろんそれも悪いことではないのですが、以前のオタクとは一線を画す存在であることは間違いがありません。

で、これをもちまして、岡田氏は「オタクはすでに死んでいる」というのですが、果たしてこの結論はどうでしょうか?

私が見た限りでは、今も昔も、良質のアニメは変わらずに生産されておりますし、これを愛する人々も多く存在いたしまして、二次創作やパロディも活発に製作されております。

ただ、岡田氏を含むオタク評論家が提供いたしました「オタクマニュアル」によりましてオタクに仮装した人々が増加したことは確かでして、最近の秋葉は人が多すぎてアニメを買うのも一苦労。で、こういう人達をオタクに含めるから、オタクは死んだ、などといわなければならないわけですね。

まあ、評論家が勝手に名前をつけ、勝手に死亡を宣言しているだけ、というのが実際のところなのでしょう。全く人騒がせな人達ではあります。

そもそも、オタクなどという言葉が、不穏当な発想でして、ある種の犯罪を犯す人がある種の趣味を持っていたとき、これを結びつける、という行為がよろしくありません。

これは、差別を生み出す心理でして、自分たちに良く判らない価値観を持つ人々、特に、メジャーでないマイナーな価値観を持つ人を、異質な、得体の知れない存在であるとみなして、嫌悪し、排除しようとする心理が、当初のオタク報道には働いていたように感じられるのですね。

で、ジャパニーズクールが諸外国で受けますと、手のひらを返すようにオタクを持ち上げる。これも少々情けない話でして、日本発の文化を日本人が評価できなくてどうするのだ、といいたい気がいたします。

もう一つ、アニメマニアを十把一絡げにして「オタク」などというレッテルを貼る、というやり方もあまり好ましくはないのですね。こういった文化芸術の世界では、趣味は人それぞれ。正しいオタクはかくあらねばならぬ、などという定義や基準があったら、そっちの方がどうかしているのであって、好きな人が好きなことをやっていれば良いだけの話であると思うわけです。

まあしかし、岡田氏がこの本を書いた本当の理由は、オタクに愛想をつかしたというよりは、「オタクはもう死んでいる」というケンシロウのセリフ風の題名の本を書いてみたかっただけなのではなかろうかと私には思われまして、本気で怒るのも馬鹿みたい、という気がすることも確かなのではありました。