鈴木大拙著「日本的霊性」を読む

前回、鈴木大拙師の「仏教の大意」を読みましたが、その中で言及のありました同氏の「日本的霊性」(今回は岩波版)を読みましたので、その概要をご紹介いたしましょう。

法然上人の一枚起請文

まず最初にお断りしておかなくてはならないことは、前回のブログで、大拙師の思想は、法然上人の一枚起請文に相通ずるなどということを書いてしまったのですが、今回読みました大拙師の書「日本的霊性」の中で大拙氏は、大拙師の禅の思想の中核をなします霊性が、法然・親鸞の浄土宗・浄土真宗(後者を真宗と表記)にその嚆矢があると記しております。

私の前回の指摘は全く余計な指摘だったのですが、その指摘自体は良いところを突いていたと、自分自身は満足しております。これも余計なひと言ではありますが。

これに関する鈴木大拙師の記述を以下にご紹介いたします。師は、日本的霊性の開祖的存在として親鸞をあげるのですが、その先駆者として源信僧都と法然があったとしております。そして、前回ご紹介した一枚起請文を書きました法然上人について、以下のように述べております(103ページ。)

源信僧都に次いでは法然上人である。この二人がなかったら、親鸞聖人もなかったかも知れぬ。法然は源信より時代が下がっているので、またそれだけ近寄り易くなってきた。前者はまだ聖者風が強く浸み出ているが、後者にはよほど親しみを覚える。ことに彼の「一枚起請文」においては、親鸞よりも一歩手前の大地性を帯びている。法然もまた流謫の憂き目を見たが、これがために彼の最後は光あるものになった。彼をしていま少しく若らしめたならば、その光彩は一段と増し出でたことであろう。彼はそれを親鸞に譲った。かれの『一枚起請文』にはまだ学究的なものがその痕跡を残しているが、その根底には日本的霊性の直覚がある。ただし親鸞ほどに徹底しない。

と、いうわけで、前回の記事で、鈴木大拙師の思想と同じことを法然が書いているではないかなどと指摘してしまいましたが、大拙師はそんなことは百も承知であったということをここに記しておきます。

霊性とは

さて、その肝心な「霊性」ですが、これにつきましては、もっと前の方に詳しく解説されております。まず、16ページのあたりに、精神と物質との対比において霊性を解説しています。

精神または心を物(物質)に対峙させた考えの中では、精神を物質に入れ、物質を精神に入れることができない。精神と物質の奥に、いまひとつ何かを見なければならぬのである。二つのものが対峙する限り矛盾・闘争・相克・相殺などということは免れない。それでは人間はどうしても生きていくわけにはいかない。なにか二つのものを包んで、二つのものがひっきょうずるに二つでなくて一つであり、また一つであってそのまま二つであるということを見るものがなくてはならぬ。これが霊性である。今までの二元的世界が、相克し相殺しないで、互譲し交歓し相即相入(そうそくそうにゅう)するようになるのは、人間霊性の覚醒にまつよりほかにないのである。いわば精神と物質の世界の裏にいま一つの世界が開けて、前者と後者とが、互いに矛盾しながらしかも映発するようにならねばならぬのである。これは霊性的直覚または自覚によりて可能となる。

この部分、難しい文章が書かれていますが、人間に対して書かれたこの文章を、コンピュータに対して書かれた文章に書きなおしてみれば簡単に理解できるように思います。つまり、人間の場合の精神または心とは、コンピュータの場合はソフトウエアに対応し、物質はハードウエアに対応するのですね。

で、コンピュータシステムをソフトウエアだけで語ろうとしたり、ハードウエアだけで語ろうとしても、コンピュータシステムを説明したことにはならない。コンピュータシステムを、ハードウエアとソフトウエアを兼ね備えた、一つのシステムとしてみる。これが人間を霊性として把握することに対応しているのでしょう。つまりは、人を部分としてではなく、全体としてとらえなくてはならないということですね。

これがコンピュータの場合であれば、ソフトウエアを律する論理とハードウエアを律する論理は全然別ものではあるのですが、ソフトウエアもハードウエアも客体として眼前に存在し、技術の二つの領域をまたぐことから多少幅広い知識が要求されはするものの、双方を一体としてとらえることもそれほど難しいことではありません。しかしこれが、眼前に広がる生の自然界とこれを支配している自然法則、あるいは人の体と心など、同じ論理ではとらえることが難しい対象となりますと、論理を超越した直感や自覚といったものが要求されるようになってまいります。

日本的霊性の成立

さて、同書は「日本的霊性」を議論しているのですが、これが仏教(浄土宗、真宗、禅)の中に現れているとしております。そして、仏教は外来の教えであるのに対して「日本的」というのはおかしいのではないかとの疑問に対する答えを26ページ以下で述べております。この部分を以下に再録します。なお、読みやすくするため、段落を適宜分けております。

禅はシナで発生したのであるが、それは漢民族の実際生活の中へ深く入り込まなかった。華厳や天台や唯識(ゆいしき)のようなものでは、とうていシナ民族に取り入れられないのであるから、シナ仏教は禅と浄土になるよりほかない。仏教は禅となることによりて、宋儒の理学を大成せしめ明代の王学を興こさした。

しかしシナ民衆の一般的生活の中には、仏教は禅として浸透しないで、因果応報の教えとしてゆきわたっている。それは北方民族としての漢人の思想や情緒で支配せられている国民にとりては、南方系の禅思想よりも、論理性を帯びた善因善果説の方がより効果的であろう。それで浄土思想も親鸞的横超経験で体得せられなかったのである。

日本的なるものには、どうしても南方系の考え方・感じ方と言うべきものが基調をなしているのである。その点で日本人と禅とは、おのずから親しみ易い傾向をもっていると言ってよい。牧谿(もっけい)の絵がその本国で解せられないで、日本でのみ保存せられてある事実も、前述の理由によるものと考えるべきであろう。

本居宣長が、漢意(からごころ)の理屈に偏するを喜ばないで、大和心の直ぐにして、物事をありのままの姿で受け入れるのを取るといっているのも、ひっきょうずるに北方系と南方系とは、その考え方、その感じ方、その動き方において、相同じからざるものがあるからだ。

神(かん)ながら(神のみ心のままに、の意)」もまたこの莫妄想的南方系思想の表現でなくてはならぬ。神道系思想がややもすれば老荘ふうに傾くというのも、これがためであろう。

ただ禅には、単なる莫妄想(まくもうそう、妄想するなかれ:物事をあるがままに捉えなさいという教え)でなくて、そのシナでできて、インドにその根を置いているという事実で、只の「神ながら」の上に、一種の思惟的洗練が加えられていることを見逃してはならぬ。

禅は、南方系のインド思想にその源を置いて、それから北方系漢民族のあいだで成立し、そこで北方的に育て上げられ、十分な実証性を獲得して、それから東へ渡って南方系の日本的霊性と接触した。

それで日本的霊性は、一方においては漢民族の実証的論理性を取り入れたが、それにもまして南方系のインド民族的直覚性とも言うべきものを、禅のうちに看取した。そうしてそこに自分らの霊性の姿が映されていることに一種の満足を覚えたのである。

日本的霊性には、初めから禅的と見られるものがあった。それがたまたま禅の渡来によりて喚起せられたので、禅を外来底と言うのは、縁と因とを混淆した見方であろう。

どうもこういうふうに見ていかないと、禅が鎌倉時代に直ちに深く武士階級の心理に共鳴したわけが説明できぬ。ことに鎌倉時代というのは、日本的霊性がそれまでは一種の冬眠状態に在ったからである。

民族と大地との関係が、鎌倉時代で初めて緊密になって、両者の間に霊性の息吹が取交わされた。それで法然も親鸞もその時代に崛起し、鎌倉武士は禅院を訪れた。そうして室町時代を経て、禅はますます深く日本的生活そのものの表現となるようになった。

仏教が我が国に伝わりましたのは、鎌倉時代よりもはるか昔だったのですが、その当時仏教の担い手であった平安貴族などは、京の都で生活をしており、大地との結びつきが弱かった。このため、平安貴族が霊性を獲得するには至っていないと大拙師は主張します。武士は土着であったがゆえに、霊性を獲得したとしているのですね。

このあたりは、常に命のやり取りをしていた武士に、とくに宗教に接近する心理が作用したのかもしれません。ともあれ、いずれにいたしましても、仏教は鎌倉時代において、急速に発展した。わが国独自の仏教がこの時代に成立したということは言えるのでしょう。そしてそれが、鈴木大拙師の伝える禅の思想に極めて近い思想であった、ということなのでしょう。

研究開発と日本的霊性

さて、研究開発が理屈だけではうまくいかないということを以前のブログ、たとえば「禅とオートバイ修理技術」を読む石井淳蔵著「ビジネス・インサイト」を読む等に記してまいりました。

上の部分に書かれております、同じ仏教に触れても、大地とのつながりの薄い平安貴族は霊性に至らず、土着の鎌倉武士にしてはじめて霊性を獲得しているとの記述は、研究開発の分野でも言えるように思えました。

と、いうのは、優れた研究成果は、象牙の塔と言われるような研究所にこもっておこなわれた研究からではなく、工場のラインや新製品に密着した形で行われた研究から生まれるケースが多いのですね。

私の具体的な例はあまりご説明しにくいので、他人の例を挙げますと、例えば赤池の情報量基準(AIC)などは、今日の多変量解析の世界で広く使われているのですが、赤池氏がこれを見出しましたのは、不安定なセメントキルンの変動解析という、泥臭い現場での研究からだったのですね。

現実の世界というものは、問題点がいくらでも埋まっており、研究テーマの宝庫であるともいえるでしょう。研究室にこもっていたのでは、解決すべき重要な問題にはなかなか巡り合えない。でも、現場で出会う現実の問題、それも解決が難しい問題が解けたとき、そこには優れた研究成果が忽然と現れる、ということなのでしょう。

そして、そのときに研究者に必要なものは、論理や数式を扱う理性的能力だけではなく、現場なり製品なりの中に生の状態で存在する、いまだ言語化されていない複雑な問題の中に隠れている解なり筋道なりを見出す直感的能力であり、カントが悟性と呼んだ能力が必要となるわけです。

鈴木大拙師の言う「霊性」は、悟性が扱う対象であり、言語化される前の姿、論理で扱うことのできない対象、理性の対象とは未だなり難く、感性の扱う対象でもない、直観的な判断力(カントの悟性)がまさに対象としている存在なのでしょう。

鈴木大拙師の影響を受けた米国西海岸の若者たち(その一人がアップルを興したスティーブ・ジョブズでした)が情報革命において優れた成果を上げてきたのは、まさにこの能力を磨いたが故であると私は理解しております。

そして、もしこれが正しいなら、我が国にも大いにチャンスはあります。

なにぶん、これに必要なのが日本的霊性を感じ取る力なのですから。

それはまさに「日本的」なのですからね。


ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語った有名なスピーチを貼っておきますね。このスピーチは、禅師の言葉と見分けがつきません。Stay foolishは、まさに、法然上人が一枚起請文の中に述べた言葉ですよね。日本の思想が海外に影響を与えることはうれしい話なのですがそれが海外を利すのみであったらこれは寂しいことです。このようなものの考え方は、我が国の若者もマスターしていかなくてはいけません。


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