妙好人:鈴木大拙著「日本的霊性」より

鈴木大拙著「日本的霊性」のご紹介をつづけます。

同書の特筆すべき点は、妙好人に対する鈴木大拙の並々ならぬ関心にあります。特に鳥取の才市に対してページ数を割いて紹介されています。

その紹介は以下の通りです。

妙好人才市のことを西谷啓治君から聞いて、その人の歌を見たいと思ったのは、もう一昨年になるか知らん。今年になってから藤秀璻師の「大乗相応の地」(昭和18年、京都、興教書院)という本を貰った。才市の歌がたくさん載せてあるので、折にふれて読んだ。

ここに日本的霊性的直覚が、純粋の形で顕れているような気がして、左に少し注記を加えて、その歌をいくらか紹介する。これを広く浄土系思想の体験としておいて、別に浄土宗のとも真宗のとも言わない方がよいと思う。

藤師によると、才市妙好人は、浅原才市(あさはらさいいち)というので、石見(いわみ)の国邇摩(にま)郡大浜村大字小浜(現在は、島根県邇摩郡温泉津(ゆのつ)町温泉津大字小浜)の人、八十三歳で、昭和八年一月に往生している。

五十歳ごろまでは船大工であったが、履物屋に転身して死ぬるまで、下駄つくり並びにその仕入れをやった。才市の父も八十以上まで生きて、ずいぶんの「法義者(ほうぎもの)」であったという。

才市が仕事のあいまに鉋屑に書きつけた歌はだいぶんの数に上ったものらしい。法悦三昧、念仏三昧の中に仕事をやりつつ、ふと心に浮かぶ感想を不器用に書いたものである。

ということで、ここには才市の歌が多数紹介されているのですが、その典型的な歌を一つだけご紹介しておきます。

「どをり(道理)りくつ(理屈)を聞くぢやない、
あぢ(味)にとられて、あじ(味)をきくこと、
なむあみだぶつ。」(同書、297頁)

彼は味即ち体験に終始していたのである。「味にとられる」とか、「味をきく」とかいうことは、新鮮な味がある。才市がなむあみだぶつ三昧に浸っている生活の様子が、これら文字のあいだにうかがわれるではないか。

道理や理屈は始めから彼の関心ではなかった。純真なる彼の心は十八、九歳で初めて求道に志したときから、彼が日本的霊性の声は絶え間なく彼の耳に何かを囁いていた。それを彼は何とかしてはっきりと聞きとりたいと思った。

一時は意識的にいくらか弛緩の気味もあったようだが、霊性はいつも意識の表面に動くものでない。それはむしろ我らの心の無意識面に不断の動きを隠しているものである。果然、才市は新たな勇気で、またそれに耳を欹(そばだ)てなくてはならぬようになった。

五十歳までの彼の悪戦苦闘は、固より言語に絶したものであったろう。彼はそのことにつきてはなんらの記録を残していない、残す必要はなかったのである。彼は信心決定の三昧境を味わうにあまりに忙しかったのである。

彼は「今」に生きていた、これが盤珪の「不生(ふしょう)」である。彼は徒に過去の経験なるものに囚えられて、これを繰返す愚痴を敢えてし得なかった。

記憶を辿ることは経験の再構成である。これも固よりなくてはならぬ。為人度生(いにんどしょう:衆生の救済)はこれでないと、可能ではないが、これにはまた伴われて出てくる大きな弊がある。実在する実証の世界から離れてしまうのである。これが才市の理屈を排して味をとった所以である。彼は実際そうしなければならなかったので、別に理屈もなにもあったわけではない。

ここで注目すべきは、「味」という感覚的要素に才市が注目していること。

以前のこのブログに書いたことですが、江崎玲於奈氏が、その講演時の聴衆からの質問に答えて、優れた研究者とは「テイストの良い」研究者であること、テイストの良い研究者になるためには、テイストの良い研究者の下で仕事をすることであると語られておりました。実にノーベル賞を受賞するような研究者と、一介の下駄職人が同じことを言っている。これは凄いことであると思います。

もちろん、大拙師が才市をとりあげるのは、浄土宗の信徒として優れているからであって、たとえば下駄づくりにこれがいかに生かされたかは全く不問とされております。しかしながら、このような着眼点は、人が生きる上で有意義な態度であり、研究開発にも有益であろうというのが私の考えであるのですね。

リオタールの現象学につきましては以前ご紹介したのですが、その中で以下の文章が注目されます(色付け・強調は私)。

客観主義にその真の根拠を与え、客観主義の疎外力を除き去るのは、ただ先験主義だけである。というのも、先験主義はすべての知識を根本的な自我の上に結びつけるが、この自我は意味付与者であり、直接的な生の世界の中で、客観化以前的な、科学以前的な生を生きているからである

そして精密科学は、そういう生の外被でしかない。先見的哲学は、客観主義と主観主義、抽象的な知識と具体的な生との和解を可能とする。

リオタールの言う「意味付与者」である「根本的な自我」とは、ハイデガーの「ダーザイン」と同じものを意味しているであろうと、前回追記しておいたのですが、これと日本的霊性との類似性に注目すべきでしょう。

もちろん、ハイデガーにせよフッサールにせよ、根本的自我(ダーザイン)は人々が普遍的に有しているものであり、鈴木大拙の日本的霊性が限られた者にしか備わっていないことと、大いに異なっております。

とはいえ私は、程度の違いこそあれ、このような精神的機能はだれにでも備わっているものであり、その気づきの深さが極端に高いものを、大拙師は日本的霊性と呼んでいるように私には思われます。

これにかなり類似したことが、以前のブログで読みました「禅とオートバイ修理技術(1)(2)」のなかでパーシグが語っております。

ブッダや神が花びらや山の頂に住んでいるのと同じように、デジタル・コンピュータの回路やバイクの変速ギアの中にもそのまま真理が宿っているのである。

ここで、「真理」などともったいつけた言い方をせざるを得ないのは、それは人の理性によって言語化・数量化された対象ではない、論理化される以前の自然であるからなのですね。

パーシグは、ヒッピー的生活をして、オートバイで米国を旅します。仲間は自然を志向する。ヒッピーの思想は「バック・ツー・ザ・ネイチャー」つまり「自然に帰れ」ということで、これが鈴木大拙の「大地」と共通いたしますことは、大拙の思想が彼らヒッピーに大いに影響を与えておりますことから何の不思議もないのですが、その自然にはコンピュータの回路やバイクの変速ギアも含まれるのだ、とパーシグは主張いたします。

実際問題として、これら技術は自然法則を応用したものであり、コンピュータ回路を構成するデバイスや配線材料にせよ、変速ギアを構成する金属材料にせよ、優れて自然を構成する物体であり、自然法則のもとにそれぞれが動いているのですね。

研究者たるもの、出来合いの論理ではなく、自然界に存在する変速ギアなりデバイスなりに向き合わなくてはいけない。それが、イノベーションを起こすための第一歩に他なりません。

既にある論理を適応することで眼前の問題に対処するというのであれば、リオタールの言う「生の外被」つまりは、出来合いの理論を学ぶことで対処できるのですが、未だかつて人類が手にしたことのないような問題解決の手法を見出すこと、原理の部分から新しい装置を作り出すこと、あるいは理論そのものを新たに構築するというのであれば、生そのもの、自然そのものに触れなければいけません。このために必要な人の機能は、鈴木大拙師が日本的霊性と呼ぶものに他なりません。

ハイデガーのダーザインやリオタールの根本的自我は、人間だれしもが持つ主体の働きであり、大拙が日本的霊性というほどの精神的な高みを指しているわけではありません。でも、程度の違いは大きいのですが、その基本的なあり方は同じであって、全く異なるというほどのものでもない。そしてそのだれしもが持つ力を、眼前の自然の生の有様に向けたとき、人の意識は大拙が日本的霊性と呼ぶ高みに到り、人々が未だ概念化していない、生の自然の新たな側面が眼前に展開されるのをみることができる、というわけです。

人は目を覚ませばよい。法然が新潟で大地を前にして悟りを開く、その時、彼が全く新しい能力を身に着けたのかといえばそんなこともなく、眠っていた才能が目覚めたという程度のものであるわけで、だから、庶民も似たような境地に到れる。日本的霊性の境地がそれほど遠いところにあるわけでないことは、まだまだ日本も何とかなると、ある種の自信を我々に授けてくれるのではないでしょうか。


11/10追記:そういえばデカルトも似たようなことをされていました。こちらのブログにも書いたのですが、大学で学問を修めたデカルトは、学問の胡散臭さを感じて旅に出たというのですね。

そして、旅先で自分とは全然異なる風習の人に出会い、異なる風習を滑稽なものと考えてはいけないということに気付いたりしております。

彼の新しい着想が、旅先で自らとは異なる考え方を持つ人々との出会いの中で生まれ育っていった可能性も、十分に考えられるのではないでしょうか。


日本的霊性、「霊性」などといいますと凄いことを言っているように聞こえますが、英語では“Japanese Spirituality”、それほど凄い語感でもないのですね。ここは、カントにちなんで「悟性」にするか、その高度なものという意味で「超悟性」とするあたりが良いのではないかと思います。まあ、スーパー・アンダースタンディングなどといいますと、何やらテレパシーか透視のような感じを与えてしまうかもしれないのですが、、、

あ、「悟性2.0」が良いかも、、、それを言うなら「ダーザイン2.0」もあり、とか言われそうだが、、、